24 / 51
本編
第5話_爪立てはじめる日常-4
しおりを挟む
「エイト先輩の傍にいるのが…僕じゃ、だめですか?」
急な鱗の物言いに、影斗は驚いた風に顔を起こし、彼の方へ向く。目が合った鱗の黒い瞳は、まっすぐ影斗を見つめていた。
「きっと、今の先輩の気持ちを一番理解できるのは僕だと思います。先輩がこうして、心の中にしまっておいた気持ちを話すことができたのが、何よりの証拠じゃないですか…?」
「…!」
「僕は、エイト先輩の想いを受け流すような…ないがしろにするようなことはしません。先輩が下さるのと同じくらい、僕も想いを伝えます。…先輩が欲しいと思ってる要求にも、すべて応えてみせます」
ふくよかな紅い口元が、彼へ向けて艶やかに形を変える。表情を固めたまま注視する影斗の眼前で、鱗は静かな口調の中に力強さを滲ませ、言葉を紡ぐ。
「…思いの通わない相手じゃなくて…僕にしておきませんか?」
鱗はゆっくりと小首を傾げながら、影斗へ上目遣いに視線を送った。
2人は、一時黙って見合っていた。
「――…悪い」
しばしの沈黙の後、影斗は低く声を漏らす。
「お前の気持ちには応えられない。お前としちゃ、まだ何も始まってねぇのにって思うかもしれねぇけど…、俺が駄目なんだよ」
そう呟くように言うと、依然見つめてくる鱗へはっきりと視線を返す。
「俺の気持ちが、動く気がしねぇんだ。俺が誰から言い寄られても、…逆にあっちが俺以外の誰かと付き合うことがあったとしても、今までもこれから先も、多分変わらねぇ。…これが、今の煮え切らねぇ関係を4年余り続けてきた俺が導き出した結論だ」
抑揚を抑えた、しかしどこか柔らかなトーンで、影斗の言葉は鱗へ向けて一つひとつ重ねられていった。
「……」
影斗の言葉を、鱗は時が止まったように表情を固まらせたまま、無言で受け止めていた。
「…ごめんなさい、突然」
やがて鱗の固まっていた口元が動き、瞬きもしなかった目がゆっくりと三日月形に緩んだ。
「先輩のお話を聞いて…僕も自分の想いを伝えたくなっただけなんです。さっきも言った通り、エイト先輩のお気持ちは僕にもよくわかります。だから…その寂しさを、僕が代わりに少しでも埋められたらって、思っちゃったんです」
「…鱗…」
「先輩の負担になるだけでしたよね…、伝えられただけで満足です」
「…俺の方こそ…悪かった、色々愚痴ぐち言っちまって。お前の気持ちは嬉しかったよ。…ありがとな」
頬を染め、恥ずかしげに笑う鱗に、影斗も表情を和らげてみせた。
「お前なら女でも男でも、すぐいい相手見つけられるぜ。この俺が少し動揺したくらいだからな」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
彼の言葉に満足気に息をつくと、影斗はその黒髪をくしゃっと撫でてやった。そしてスマホを手に取り、蒼矢からの反応が無いことを確認してから胸ポケットへ戻して立ち上がる。
「――じゃ…俺そろそろ行くな」
「また会えますか?」
「おー。俺T大ちょくちょく来てるし、お前がここに通ってる間は飽きるほど会うと思うぜ」
「嬉しいです…あっ」
シートに腰かけてエンジンをふかし、ヘルメットを被りかけた影斗へ、何事か思いついた鱗は走り寄る。
「? どした?」
「あのっ…失恋の思い出に、バイクのタンデムに乗せてくれませんか?」
「!」
頬を染め、無垢な笑みを浮かべながらふいに所望してきた鱗へ、影斗は少し目を見開いたが、すぐに済まなそうな面差しに変わる。
「…悪い。バイクには心に決めた奴しか乗せねぇって、買った時から通してんだ」
「…そうですか…」
簡単に断られた鱗は、徐々に素の表情に戻していくが、少し尖らせた唇がぷくりと動く。
「――じゃあ、なんで髙城先輩は乗れるんですか?」
「…!」
その当然の質問に、影斗は顔を固まらせそうになったがすぐに内情を抑え込み、にやりと笑った。
「ああ…あいつはなんていうか、例外だよ。もう4年くらいの付き合いで、長いし。…それに、あいつん家の方に用があることも多いからな。ついでに乗せてやってるだけだよ」
「…そう、なんですね」
「おう。じゃ、またな。今度なんか奢ってやるよ」
ぽつりとした鱗の返しを聞くと、影斗はさらりと話を切り上げて手早くヘルメットを被り、颯爽と正面門から走り去っていった。
「……」
バイクがいなくなった空間を、鱗はその場からしばらく眺めていた。
能面のような表情から、下瞼が長い睫毛を押し上げるように歪む。紅い口元がぴくりと動き、僅かに覗いた歯が、下唇を巻き込むように潰す。
「……」
急な鱗の物言いに、影斗は驚いた風に顔を起こし、彼の方へ向く。目が合った鱗の黒い瞳は、まっすぐ影斗を見つめていた。
「きっと、今の先輩の気持ちを一番理解できるのは僕だと思います。先輩がこうして、心の中にしまっておいた気持ちを話すことができたのが、何よりの証拠じゃないですか…?」
「…!」
「僕は、エイト先輩の想いを受け流すような…ないがしろにするようなことはしません。先輩が下さるのと同じくらい、僕も想いを伝えます。…先輩が欲しいと思ってる要求にも、すべて応えてみせます」
ふくよかな紅い口元が、彼へ向けて艶やかに形を変える。表情を固めたまま注視する影斗の眼前で、鱗は静かな口調の中に力強さを滲ませ、言葉を紡ぐ。
「…思いの通わない相手じゃなくて…僕にしておきませんか?」
鱗はゆっくりと小首を傾げながら、影斗へ上目遣いに視線を送った。
2人は、一時黙って見合っていた。
「――…悪い」
しばしの沈黙の後、影斗は低く声を漏らす。
「お前の気持ちには応えられない。お前としちゃ、まだ何も始まってねぇのにって思うかもしれねぇけど…、俺が駄目なんだよ」
そう呟くように言うと、依然見つめてくる鱗へはっきりと視線を返す。
「俺の気持ちが、動く気がしねぇんだ。俺が誰から言い寄られても、…逆にあっちが俺以外の誰かと付き合うことがあったとしても、今までもこれから先も、多分変わらねぇ。…これが、今の煮え切らねぇ関係を4年余り続けてきた俺が導き出した結論だ」
抑揚を抑えた、しかしどこか柔らかなトーンで、影斗の言葉は鱗へ向けて一つひとつ重ねられていった。
「……」
影斗の言葉を、鱗は時が止まったように表情を固まらせたまま、無言で受け止めていた。
「…ごめんなさい、突然」
やがて鱗の固まっていた口元が動き、瞬きもしなかった目がゆっくりと三日月形に緩んだ。
「先輩のお話を聞いて…僕も自分の想いを伝えたくなっただけなんです。さっきも言った通り、エイト先輩のお気持ちは僕にもよくわかります。だから…その寂しさを、僕が代わりに少しでも埋められたらって、思っちゃったんです」
「…鱗…」
「先輩の負担になるだけでしたよね…、伝えられただけで満足です」
「…俺の方こそ…悪かった、色々愚痴ぐち言っちまって。お前の気持ちは嬉しかったよ。…ありがとな」
頬を染め、恥ずかしげに笑う鱗に、影斗も表情を和らげてみせた。
「お前なら女でも男でも、すぐいい相手見つけられるぜ。この俺が少し動揺したくらいだからな」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
彼の言葉に満足気に息をつくと、影斗はその黒髪をくしゃっと撫でてやった。そしてスマホを手に取り、蒼矢からの反応が無いことを確認してから胸ポケットへ戻して立ち上がる。
「――じゃ…俺そろそろ行くな」
「また会えますか?」
「おー。俺T大ちょくちょく来てるし、お前がここに通ってる間は飽きるほど会うと思うぜ」
「嬉しいです…あっ」
シートに腰かけてエンジンをふかし、ヘルメットを被りかけた影斗へ、何事か思いついた鱗は走り寄る。
「? どした?」
「あのっ…失恋の思い出に、バイクのタンデムに乗せてくれませんか?」
「!」
頬を染め、無垢な笑みを浮かべながらふいに所望してきた鱗へ、影斗は少し目を見開いたが、すぐに済まなそうな面差しに変わる。
「…悪い。バイクには心に決めた奴しか乗せねぇって、買った時から通してんだ」
「…そうですか…」
簡単に断られた鱗は、徐々に素の表情に戻していくが、少し尖らせた唇がぷくりと動く。
「――じゃあ、なんで髙城先輩は乗れるんですか?」
「…!」
その当然の質問に、影斗は顔を固まらせそうになったがすぐに内情を抑え込み、にやりと笑った。
「ああ…あいつはなんていうか、例外だよ。もう4年くらいの付き合いで、長いし。…それに、あいつん家の方に用があることも多いからな。ついでに乗せてやってるだけだよ」
「…そう、なんですね」
「おう。じゃ、またな。今度なんか奢ってやるよ」
ぽつりとした鱗の返しを聞くと、影斗はさらりと話を切り上げて手早くヘルメットを被り、颯爽と正面門から走り去っていった。
「……」
バイクがいなくなった空間を、鱗はその場からしばらく眺めていた。
能面のような表情から、下瞼が長い睫毛を押し上げるように歪む。紅い口元がぴくりと動き、僅かに覗いた歯が、下唇を巻き込むように潰す。
「……」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた
羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件
借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!
かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。
その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。
両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。
自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。
自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。
相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと…
のんびり新連載。
気まぐれ更新です。
BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意!
人外CPにはなりません
ストックなくなるまでは07:10に公開
3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

聖獣王~アダムは甘い果実~
南方まいこ
BL
日々、慎ましく過ごすアダムの元に、神殿から助祭としての資格が送られてきた。神殿で登録を得た後、自分の町へ帰る際、乗り込んだ馬車が大規模の竜巻に巻き込まれ、アダムは越えてはいけない国境を越えてしまう。
アダムが目覚めると、そこはディガ王国と呼ばれる獣人が暮らす国だった。竜巻により上空から落ちて来たアダムは、ディガ王国を脅かす存在だと言われ処刑対象になるが、右手の刻印が聖天を示す文様だと気が付いた兵士が、この方は聖天様だと言い、聖獣王への貢ぎ物として捧げられる事になった。
竜巻に遭遇し偶然ここへ投げ出されたと、何度説明しても取り合ってもらえず。自分の家に帰りたいアダムは逃げ出そうとする。
※私の小説で「大人向け」のタグが表示されている場合、性描写が所々に散りばめられているということになります。タグのついてない小説は、その後の二人まで性描写はありません

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる