ガイアセイバーズ2 -海の妖-

独楽 悠

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第7話_明かせない痛み

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「――…ごめんね、僕が怪我させたも同然だ。本当に申し訳ない」
『転異空間』から帰還し、意識を取り戻した陽と疲弊した様子の蒼矢を前に、葉月は肩を落としながら頭を下げた。
[侵略者]を仕留め損ねたセイバーズ一行は、負傷した陽を病院へ送るかこのまま単独で直帰させるか迷ったが、『現実世界』へ戻るとほどなく気がつき、痛がりはするもののギャーギャーわめくほどに身体は元気なようだったのでひとまず様子見として、予定通りホテルへチェックインした。
陽の具合が気になるところだったが、このまま全員で地元へ戻ることはできなかった。"[侵略者]を取り逃がした" = "再び同じ地点に現れる"ことがほぼ確定しているからだ。幸いにも転送前のあの惨状下で、軽傷は多いものの犠牲者は出ていなかったようだが、次も穏便に終われるとは限らない。脅威が完全になくなるまで、セイバー達はここ伊豆で待機する必要があった。
五人はとりあえず予約した部屋の一室に集まり、今戦で得た情報をふまえて次戦への策を立てることにした。
「…面目ない…、役目を1ミリも果たせないままこんな形になるなんて…」
陽の打撲の手当てをしつつ、葉月はひたすら自分の不甲斐無さを悔いていた。傍らから烈が彼の肩をさする。
「葉月さん、過ぎたこと考えてても仕方ねぇっすよ。それに、こうなったのはこいつの自己責任でもありますから」
「いいだろそれはもう! 反省してるってさっきっから何べんも…、あいってー!!」
烈に指を刺された陽はがばっと上体を起こして噛みつくが、背中の激痛に涙目になりながら悶絶する。余談だが陽は既に、烈から大げんこつを喰らっている。
「馬ぁ鹿。お前の反省は薄いんだよ、昔っから。一人で家に帰されなかっただけ良かったと思え」
「まぁ、痛い目みたから充分灸は据わっただろ。とにかく葉月、お前の属性がポイントなんだから次はしっかり仕事しろよ」
「…承知です」
影斗は葉月へ釘を刺すと、蒼矢へ視線をやった。
「…『氷』も効いたみたいだったけどな。俺らがいくらひっかいてもびくともしなかったのに。…弱点じゃねぇのか?」
「『索敵』では読めたのは『電流』だけでした。…ただ、あくまで弱点・・なので、他が無効ではないのかもしれません」
「『凍氷』は後発属性だからね。基本の『水』より単純に上位だろうし、出力が高いんだろう」
葉月はそう補足し、ぼんやりと手元に視線を落としている蒼矢の表情をうかがった。
「…大丈夫? かなり疲れてるみたいだ」
「あっ…蒼兄あおにい、具合悪いの俺のせいだろ…!?  ほんっとにごめんっ!!」
「! いや、大丈夫だよ…」
葉月と陽から声をかけられ、蒼矢はあわててとりなすが、烈も横から心配そうに眺めていた。
「蒼矢…もういいよ、部屋戻って寝てろよ」
「…っ…」
烈と視線を合わせた蒼矢は一瞬戸惑う表情を見せ、すぐ避けるようにそらす。そんな彼に、葉月も重ねて声をかけた。
「後発属性はとにかく消耗が激しいから、早めに休んだ方がいい。[侵略者]の特性は大体把握したから大丈夫だよ。無理させてすまなかった」
「でも…」
「明日また話すから。今は次に向けて体力を回復して欲しい」
「…はい」
蒼矢は少しためらっていたが、葉月に促されて素直に席を立ち、ひとり自分が泊まる部屋へ戻っていった。
「……」
烈は、その背中を黙って見送り続けていた。



しばらく時間が過ぎ、ホテルの一室の引き戸が開かれる。
明かりはついておらず、部屋奥のカーテンから漏れる夕暮れ時の陽の光だけが、ほんのり紅く差し込んでいた。
影斗は暗がりの中静かに部屋内を進み、壁際に座り込む人影をとらえる。影斗が徐々に近寄っていっても動かず、伏せた顔が交差させた腕に埋まっていて表情が見て取れない。
「…蒼矢」
声をかけられた肩が揺れ、蒼矢は頭を起こすと影斗の方を見上げた。
「! …影斗先輩…」
影斗が部屋に入ってきたことに気付いてなかったのだろう。一瞬目を見開いて虚を突かれたような表情を見せた蒼矢だったがすぐに素に戻り、視線は外れてまた足もとに落ちる。
「寝てなかったのかよ。起きてるなら電気つけな」
「…すみません」
指摘され、そうポツリと返すと蒼矢は立ちあがり、影斗に背を向けて部屋奥へ進む。影斗は彼の歩調に合わせて後をついていく。
「具合悪いのか?」
「いえ…そういう訳では」
「でも還って・・・きてからこっち、元気ないじゃん」
「…そんなことありません」
「ちゃんと顔見せろよ。…旅先で倒れるとか、陽だけにして欲しいぜ」
「……」
その呼びかけに、蒼矢は黙って足を止める。影斗は彼の肩に手をかけながら額に反対の手をあてる。
その姿勢のまま一時、伏せた目を覗き込むようにうかがっていると、肩に乗せた手が掴まれ、引き離される。
「熱なんて無いです。…もう寝ますから、先輩は自分の部屋に戻って下さい…ここは煙草吸えませんよ」
影斗から離れ、再び寝室へと歩を進める蒼矢の背中を目で追いながら、影斗は静かに声をかけた。
「一緒に寝てやろうか?」
その言葉を聞き、蒼矢は前を見たまま立ち止まる。
「……どういう意味ですか」
「まんまよ。添い寝してやろうかって」
しばらくの沈黙が降りた後、蒼矢はゆっくりと振り返った。黒縁眼鏡の無い、いつにも増して端麗な容貌が、ようやく影斗を正面から見据えた。
「…ふざけてるんですか? 笑えないですよ」
その、感情を殺したような冷えきった視線を受け止め、影斗はニッと笑う。
「ふざけてねぇって、愛情表現だよ。慰めてやるからさ」
「結構です。…出てって下さい」
「遠慮すんなよ。…今抱え込んでるものをさらけ出してみろって。わりとスッキリするかもしれねぇぜ?」
「……」
軽い口調で呼びかける影斗から視線を外し、蒼矢は言い返さずうつむいていたが、やがてその華奢な肩が震え始め、細い腕の先の拳が固く握られていく。
そして引き結ばれていた唇から、わずかに声が漏れる。
「…何が解るんですか、あなたに」
「蒼矢」
「……何も…、何も知らないくせに!!」
ふいに声を荒げ、蒼矢は一歩踏み込むと影斗の胸ぐらを掴んでベッドに押し倒す。そのまま馬乗りになり、形相に怒気をさらけ出して影斗を睨みつけた。
「俺の口から何が聞きたいんですか…!? …どうせ興味本位でしかないくせに…っ、聞いて何になるっていうんですか!?」
およそ普段聞かれない声量で逆上する蒼矢は、感情に任せて拳を硬く握り込み、影斗のシャツに深いしわが寄る。
「慰めなんて要らない…、あなたにできることは何も無い!!」
影斗はされるがまま、黙って彼の激情を受け止めていた。二人見合ったまましばらく沈黙が降り、興奮していた蒼矢からやがて怒気が抜けていき、両手が胸元から離れていく。
「…もう…放っておいて下さい。…何も考えたくない」
そう小さく漏らしてうつむき、徐々にぼやけていく瞳が手元に落ちる。
「…放ってはおかねぇよ」
それを追うように、影斗の両手が紅潮した頬に伸びていく。そして、その空虚な瞳をしっかりと見つめた。
「確かに俺は、お前が今抱えてるものを知らねぇし、理解はできねぇ。でも、それを受け止めてやりたいとは思ってる」
「……」
「苦しかったらいつでもいいからぶつけて来いよ。抱え込むな…俺に吐き出せ、蒼矢」
「……っ…」
大きな両手に包まれた蒼矢の顔が、少しずつ歪んでいく。そのまま腕の力に引かれ、影斗の胸に落ちる。
「……ぅ…っ、…ふっ…」
やがて小さく漏れ始めた嗚咽に、影斗は安堵したように息をつく。肩を震わせ、自分の胸に顔をうずめながらやはり押し殺すように静かに泣く彼の身体に、優しく両腕を添えてやる。
「……ずるい…、先輩は、ずるい…」
「そうだな…、ごめんな」
やり場のない感情を吐露するその頭を撫でながら、影斗は、彼に投げ飛ばされた時を思い返していた。
襟首を強く掴まれる感覚。一瞬空に浮く、自分の意思が叶わない、"無力"な感覚。
この敗北感を、蒼矢は今まで何度味わってきたんだろう。
「……」
エゴかもしれないけど、ただ優しくしてやりたい。
影斗は、両眼をまっすぐ天井へと向けていた。
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