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本編

ありし日の記憶②-2

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「おかえりなさい」
「…ただいま、蒼矢ソウヤ

戸を開けた結子ユイコは一瞬驚いたように目を見開くが、すぐににこりと笑みを返す。

「ごめんねー、遅くなっちゃって。お夕飯買って来たの。温め直すから待っててね」
「はい」

なんてことのない会話を交わし、結子はキッチンスペースへ、蒼矢は座っていたソファへと戻っていく。

「……」

結子は颯爽とキッチンへ入ったものの、ふとその場に立ち止まり、しばらくフローリングを見つめる。
やがて、きびすを返して蒼矢の元へとパタパタと歩み寄っていく。

「――蒼矢。お母さんね、お話があって…、ううん、…あなたにお願いがあるの」

沈痛な面持ちでラグに膝をついて座る母の目を、蒼矢は無言のまま見返し、彼女の口から語られる言葉を待つ。

「…もう一度、お仕事がしたいの。静矢シズヤさん――お父さんには、あなたの了解が得られたら、考えてもいいって言われてるの。もしそうなったら、出張の数を減らすように頼んでみるって」
「…」
「それでも――私がまたお仕事し始めることが、あなたにとってどれだけ負担になるか…どれだけ寂しい思いをさせるかは、充分理解してるつもりよ。その上で、お願いします。…お母さんに働かせて下さい」

自分を見つめ、頭を垂れてくる母を、蒼矢は黙ったまま見やる。

蒼矢は少し前から、父との結婚を経て自分の出産・育児のために家庭に入った母が、密かに再就職活動をしていることを察していた。
元キャリア官僚である母が目指す勤務先についても、幼いなりに把握していた。
結子が再就職することは、髙城家から母親がいなくなることを意味していた。

蒼矢は、彼女の動向を見守りはしていたものの、その件・・・を自分から話題に出すことは無かった。
それが、母へ向けた彼なりの、せめてもの”わがまま”あるいは”甘え”の表現だったのかもしれない。
でも彼の中では、いつ打ち明けられてもいい――その覚悟だけは十分出来ていた。

やがて、真一文字に結ばれていた口元が、静かに動き始めた。

「わかりました。ぼくは大丈夫です」

小さく零れる返答に、結子は顔を上げる。

「お母さんは、はたらいていた方がいいと思います。きっとお父さんもそう思ってます」
「…蒼矢…」
「ぼくはお家さえあれば、くらしていけます。学校へ行けば友達に会えますし、お母さんが心配するようなことは何もありません」

まっすぐな視線を注ぎ、淡々と言葉を重ねる幼い息子を、結子はきつく抱きしめた。

「ごめんね…ごめんね、蒼矢。……ありがとう」
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