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本編

第18話_背にかかる後悔

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「……」
身体に一定間隔の揺れを感じ、蒼矢は目を覚ます。
後頭部に重い痛みを覚え、朦朧とする意識の中、温かな人の体温がわずかずつ感じられてくる。静かに息をする中、最近よくかぐようになった香水の匂いと、それに混じる煙草の臭いが伝わってくる。
「…え…と、せんぱい…?」
「! …おう、起きたか?」
あの場を制した影斗は即刻蒼矢を背負い、彼の自宅へ向かっていた。
意識が戻ったことに動揺したのか影斗は思わず足を止めるが、すぐにほっとしたように息をついて、再び歩き出す。
半開きになっている蒼矢の目には、暗がりだが覚えのある景色が映り、影斗の歩く速さでゆっくりと横に流れていく。
「…悪い、交通手段俺の足しかなくてさ。…あと少しで家着くから。もうしばらく辛抱してろな」
「……眼鏡…」
「! あぁ、心配すんな。眼鏡も鞄も全部ちゃんと拾っといたから」
「……」
影斗の肩からだらりと垂れ下がっていた蒼矢の腕に、少しだけ力が込められた。
「…先輩…」
「何だ?」
「…すみませんでした…ご迷惑をおかけして」
「!? 何言ってっ…、…何でお前が謝るんだ…」
思わず声高になってしまいそうになり、影斗はなんとかこらえて言葉を返す。
蒼矢に先に謝られてしまったことに、影斗は激しく後悔した。
「違うんだよ蒼矢、あのさ…」
「…先輩、」
「ん、あぁ?」
影斗は口を開きかけたが、蒼矢と被ってしまい、思わず言葉が引っ込んでしまう。
「…俺、先輩のこと探してたんです。…急に先輩と会えなくなった気がしたので…」
「…ぁ、あぁ…」
「…先輩と会えなくなって…、自分から先輩に会う手段が無かったって気付いたんです。…いつも先輩から声かけてもらうだけだったんだって…。だから…N駅あそこなら、行けば会えるかもって思って…」
「……」
蒼矢はか細い声で、途切れ途切れに自分の思いを吐露し続けた。結局聞き役に徹せざるを得なくなった影斗は、ゆっくり紡ぎ出される彼の言葉に、黙って耳を傾けた。
「…でも、かえって先輩の手を煩わせてしまいました。俺ひとりじゃ先輩を探し出すことも…あの人たちから逃れることも出来なかった…」
影斗は、自分の行いの自分本位さ・身勝手さをかえりみて、ただひたすら自責の念に駆られていた。
…お前には何の非もない。俺がお前に理由も言わないで、勝手に会わなくなっただけなのに。
…今日だって、俺がちゃんと説明してれば、お前がこんなになることなかったのに。
「俺に…先輩の気に入らないところがあるなら、直しますから…、離れていかないで下さい…」
「…っ…」
「……俺、先輩の後輩でいたぃ…です…、…」
言いながら徐々に声がか細くなっていき、蒼矢の腕から力が抜けていく。
肩に落ちた頭の感覚に、影斗は無音になった夜道を立ち止まる。
彼の自分への思いが、背中にかかる身体より数倍重く心に被さってくるようだった。
「……」
ぎゅっと、奥歯を噛みしめる。
影斗は蒼矢を背負い直すと、再び彼の自宅へと歩き始めた。
……俺は、お前と出会うべきじゃなかったな…



翌日、影斗は朝から学校へ行く。
約束通り二時間以内に蒼矢を見つけて家に帰し、顛末を連絡していたので鹿野が各所へ報告することはなかったが、みずから猿渡にコンタクトを取り、事情を説明した。
報告を聞いた猿渡は、驚愕の表情を見せた後がっくり頭を垂れた。R高へは猿渡経由で学校から話が行くことになり、相手方との事実関係が認められ正式な処分が下るまで、影斗は自宅待機となった。
事実上の停学処分である。
影斗は猿渡へ説明する中で、蒼矢の話は一切出さなかった。

猿渡への報告を終えると、影斗は化学準備室へ寄った。
室内へゆっくりと入ってきた彼に鹿野は柔らかく微笑むと、いつものようにコーヒーを差し出す。
鹿野は、影斗から連絡を受けた時にことの次第も軽く聞いていて、影斗のなりを心配気にうががう。
「…昨日はお疲れだったね。怪我は?」
「ねぇよ。…ありがとな、鹿野ちん。色々」
「いや、僕は言った通りにしただけだよ。見つかって良かった。…髙城は?」
「…頭打ってるみたいだったから、あいつの知り合いに病院連れて行ってもらったよ。…今日はガッコは休んでんじゃねぇかな」
烈の連絡先を聞いていた影斗は、昨晩蒼矢の家へ着く前に烈を呼び出して自宅前で待機してもらう手はずを整えていた。
乱れた様相で戻った二人を烈も烈の両親も仔細は聞かずに黙って受け入れてくれ、蒼矢はそのまま手渡されて病院へ直行となった。
影斗の返答を聞いて鹿野はひとつ頷くと、頬杖をついて彼を見る。
「…停学?」
「あぁ」
「いつまで?」
「…言われてねぇからわかんねぇ。処分待ち」
「……」
二人の間に一時沈黙が降りた後、影斗はゆっくりと席を立った。
「じゃ、俺自宅待機だから。帰るわ」
「…うん」
そう軽い口調で言うと、影斗は普段通りの足取りで鹿野を横切り、ゆっくりと入口へ歩いていく。
鹿野は黙ったまま視線だけ彼を追い、その背中を見送る。
扉を開けながら、影斗は鹿野へ振り返った。
「…ごめん鹿野ちん。俺卒業できねぇかも」
そうポツリと漏らし、化学準備室を後にした。
「……」
鹿野は影斗が消えていった入口をしばらく眺め、深く息を吐き出しながら床へ目を落とした。
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