19 / 22
本編
第18話_背にかかる後悔
しおりを挟む
「……」
身体に一定間隔の揺れを感じ、蒼矢は目を覚ます。
後頭部に重い痛みを覚え、朦朧とする意識の中、温かな人の体温がわずかずつ感じられてくる。静かに息をする中、最近よくかぐようになった香水の匂いと、それに混じる煙草の臭いが伝わってくる。
「…え…と、せんぱい…?」
「! …おう、起きたか?」
あの場を制した影斗は即刻蒼矢を背負い、彼の自宅へ向かっていた。
意識が戻ったことに動揺したのか影斗は思わず足を止めるが、すぐにほっとしたように息をついて、再び歩き出す。
半開きになっている蒼矢の目には、暗がりだが覚えのある景色が映り、影斗の歩く速さでゆっくりと横に流れていく。
「…悪い、交通手段俺の足しかなくてさ。…あと少しで家着くから。もうしばらく辛抱してろな」
「……眼鏡…」
「! あぁ、心配すんな。眼鏡も鞄も全部ちゃんと拾っといたから」
「……」
影斗の肩からだらりと垂れ下がっていた蒼矢の腕に、少しだけ力が込められた。
「…先輩…」
「何だ?」
「…すみませんでした…ご迷惑をおかけして」
「!? 何言ってっ…、…何でお前が謝るんだ…」
思わず声高になってしまいそうになり、影斗はなんとかこらえて言葉を返す。
蒼矢に先に謝られてしまったことに、影斗は激しく後悔した。
「違うんだよ蒼矢、あのさ…」
「…先輩、」
「ん、あぁ?」
影斗は口を開きかけたが、蒼矢と被ってしまい、思わず言葉が引っ込んでしまう。
「…俺、先輩のこと探してたんです。…急に先輩と会えなくなった気がしたので…」
「…ぁ、あぁ…」
「…先輩と会えなくなって…、自分から先輩に会う手段が無かったって気付いたんです。…いつも先輩から声かけてもらうだけだったんだって…。だから…N駅なら、行けば会えるかもって思って…」
「……」
蒼矢はか細い声で、途切れ途切れに自分の思いを吐露し続けた。結局聞き役に徹せざるを得なくなった影斗は、ゆっくり紡ぎ出される彼の言葉に、黙って耳を傾けた。
「…でも、かえって先輩の手を煩わせてしまいました。俺ひとりじゃ先輩を探し出すことも…あの人たちから逃れることも出来なかった…」
影斗は、自分の行いの自分本位さ・身勝手さをかえりみて、ただひたすら自責の念に駆られていた。
…お前には何の非もない。俺がお前に理由も言わないで、勝手に会わなくなっただけなのに。
…今日だって、俺がちゃんと説明してれば、お前がこんなになることなかったのに。
「俺に…先輩の気に入らないところがあるなら、直しますから…、離れていかないで下さい…」
「…っ…」
「……俺、先輩の後輩でいたぃ…です…、…」
言いながら徐々に声がか細くなっていき、蒼矢の腕から力が抜けていく。
肩に落ちた頭の感覚に、影斗は無音になった夜道を立ち止まる。
彼の自分への思いが、背中にかかる身体より数倍重く心に被さってくるようだった。
「……」
ぎゅっと、奥歯を噛みしめる。
影斗は蒼矢を背負い直すと、再び彼の自宅へと歩き始めた。
……俺は、お前と出会うべきじゃなかったな…
翌日、影斗は朝から学校へ行く。
約束通り二時間以内に蒼矢を見つけて家に帰し、顛末を連絡していたので鹿野が各所へ報告することはなかったが、みずから猿渡にコンタクトを取り、事情を説明した。
報告を聞いた猿渡は、驚愕の表情を見せた後がっくり頭を垂れた。R高へは猿渡経由で学校から話が行くことになり、相手方との事実関係が認められ正式な処分が下るまで、影斗は自宅待機となった。
事実上の停学処分である。
影斗は猿渡へ説明する中で、蒼矢の話は一切出さなかった。
猿渡への報告を終えると、影斗は化学準備室へ寄った。
室内へゆっくりと入ってきた彼に鹿野は柔らかく微笑むと、いつものようにコーヒーを差し出す。
鹿野は、影斗から連絡を受けた時にことの次第も軽く聞いていて、影斗の形を心配気にうががう。
「…昨日はお疲れだったね。怪我は?」
「ねぇよ。…ありがとな、鹿野ちん。色々」
「いや、僕は言った通りにしただけだよ。見つかって良かった。…髙城は?」
「…頭打ってるみたいだったから、あいつの知り合いに病院連れて行ってもらったよ。…今日はガッコは休んでんじゃねぇかな」
烈の連絡先を聞いていた影斗は、昨晩蒼矢の家へ着く前に烈を呼び出して自宅前で待機してもらう手はずを整えていた。
乱れた様相で戻った二人を烈も烈の両親も仔細は聞かずに黙って受け入れてくれ、蒼矢はそのまま手渡されて病院へ直行となった。
影斗の返答を聞いて鹿野はひとつ頷くと、頬杖をついて彼を見る。
「…停学?」
「あぁ」
「いつまで?」
「…言われてねぇからわかんねぇ。処分待ち」
「……」
二人の間に一時沈黙が降りた後、影斗はゆっくりと席を立った。
「じゃ、俺自宅待機だから。帰るわ」
「…うん」
そう軽い口調で言うと、影斗は普段通りの足取りで鹿野を横切り、ゆっくりと入口へ歩いていく。
鹿野は黙ったまま視線だけ彼を追い、その背中を見送る。
扉を開けながら、影斗は鹿野へ振り返った。
「…ごめん鹿野ちん。俺卒業できねぇかも」
そうポツリと漏らし、化学準備室を後にした。
「……」
鹿野は影斗が消えていった入口をしばらく眺め、深く息を吐き出しながら床へ目を落とした。
身体に一定間隔の揺れを感じ、蒼矢は目を覚ます。
後頭部に重い痛みを覚え、朦朧とする意識の中、温かな人の体温がわずかずつ感じられてくる。静かに息をする中、最近よくかぐようになった香水の匂いと、それに混じる煙草の臭いが伝わってくる。
「…え…と、せんぱい…?」
「! …おう、起きたか?」
あの場を制した影斗は即刻蒼矢を背負い、彼の自宅へ向かっていた。
意識が戻ったことに動揺したのか影斗は思わず足を止めるが、すぐにほっとしたように息をついて、再び歩き出す。
半開きになっている蒼矢の目には、暗がりだが覚えのある景色が映り、影斗の歩く速さでゆっくりと横に流れていく。
「…悪い、交通手段俺の足しかなくてさ。…あと少しで家着くから。もうしばらく辛抱してろな」
「……眼鏡…」
「! あぁ、心配すんな。眼鏡も鞄も全部ちゃんと拾っといたから」
「……」
影斗の肩からだらりと垂れ下がっていた蒼矢の腕に、少しだけ力が込められた。
「…先輩…」
「何だ?」
「…すみませんでした…ご迷惑をおかけして」
「!? 何言ってっ…、…何でお前が謝るんだ…」
思わず声高になってしまいそうになり、影斗はなんとかこらえて言葉を返す。
蒼矢に先に謝られてしまったことに、影斗は激しく後悔した。
「違うんだよ蒼矢、あのさ…」
「…先輩、」
「ん、あぁ?」
影斗は口を開きかけたが、蒼矢と被ってしまい、思わず言葉が引っ込んでしまう。
「…俺、先輩のこと探してたんです。…急に先輩と会えなくなった気がしたので…」
「…ぁ、あぁ…」
「…先輩と会えなくなって…、自分から先輩に会う手段が無かったって気付いたんです。…いつも先輩から声かけてもらうだけだったんだって…。だから…N駅なら、行けば会えるかもって思って…」
「……」
蒼矢はか細い声で、途切れ途切れに自分の思いを吐露し続けた。結局聞き役に徹せざるを得なくなった影斗は、ゆっくり紡ぎ出される彼の言葉に、黙って耳を傾けた。
「…でも、かえって先輩の手を煩わせてしまいました。俺ひとりじゃ先輩を探し出すことも…あの人たちから逃れることも出来なかった…」
影斗は、自分の行いの自分本位さ・身勝手さをかえりみて、ただひたすら自責の念に駆られていた。
…お前には何の非もない。俺がお前に理由も言わないで、勝手に会わなくなっただけなのに。
…今日だって、俺がちゃんと説明してれば、お前がこんなになることなかったのに。
「俺に…先輩の気に入らないところがあるなら、直しますから…、離れていかないで下さい…」
「…っ…」
「……俺、先輩の後輩でいたぃ…です…、…」
言いながら徐々に声がか細くなっていき、蒼矢の腕から力が抜けていく。
肩に落ちた頭の感覚に、影斗は無音になった夜道を立ち止まる。
彼の自分への思いが、背中にかかる身体より数倍重く心に被さってくるようだった。
「……」
ぎゅっと、奥歯を噛みしめる。
影斗は蒼矢を背負い直すと、再び彼の自宅へと歩き始めた。
……俺は、お前と出会うべきじゃなかったな…
翌日、影斗は朝から学校へ行く。
約束通り二時間以内に蒼矢を見つけて家に帰し、顛末を連絡していたので鹿野が各所へ報告することはなかったが、みずから猿渡にコンタクトを取り、事情を説明した。
報告を聞いた猿渡は、驚愕の表情を見せた後がっくり頭を垂れた。R高へは猿渡経由で学校から話が行くことになり、相手方との事実関係が認められ正式な処分が下るまで、影斗は自宅待機となった。
事実上の停学処分である。
影斗は猿渡へ説明する中で、蒼矢の話は一切出さなかった。
猿渡への報告を終えると、影斗は化学準備室へ寄った。
室内へゆっくりと入ってきた彼に鹿野は柔らかく微笑むと、いつものようにコーヒーを差し出す。
鹿野は、影斗から連絡を受けた時にことの次第も軽く聞いていて、影斗の形を心配気にうががう。
「…昨日はお疲れだったね。怪我は?」
「ねぇよ。…ありがとな、鹿野ちん。色々」
「いや、僕は言った通りにしただけだよ。見つかって良かった。…髙城は?」
「…頭打ってるみたいだったから、あいつの知り合いに病院連れて行ってもらったよ。…今日はガッコは休んでんじゃねぇかな」
烈の連絡先を聞いていた影斗は、昨晩蒼矢の家へ着く前に烈を呼び出して自宅前で待機してもらう手はずを整えていた。
乱れた様相で戻った二人を烈も烈の両親も仔細は聞かずに黙って受け入れてくれ、蒼矢はそのまま手渡されて病院へ直行となった。
影斗の返答を聞いて鹿野はひとつ頷くと、頬杖をついて彼を見る。
「…停学?」
「あぁ」
「いつまで?」
「…言われてねぇからわかんねぇ。処分待ち」
「……」
二人の間に一時沈黙が降りた後、影斗はゆっくりと席を立った。
「じゃ、俺自宅待機だから。帰るわ」
「…うん」
そう軽い口調で言うと、影斗は普段通りの足取りで鹿野を横切り、ゆっくりと入口へ歩いていく。
鹿野は黙ったまま視線だけ彼を追い、その背中を見送る。
扉を開けながら、影斗は鹿野へ振り返った。
「…ごめん鹿野ちん。俺卒業できねぇかも」
そうポツリと漏らし、化学準備室を後にした。
「……」
鹿野は影斗が消えていった入口をしばらく眺め、深く息を吐き出しながら床へ目を落とした。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる