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本編

第11話_指導者からの干渉

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数日後、化学準備室内で携帯ゲームに興じる不良生徒を前にして、鹿野教諭は目頭に滲む涙をぬぐっていた。
「…すごいよ、感動的だね。もう連続登校何日目かなぁ? こうも君が心を入れ替えてくれるなんて…僕の二年余りの努力がようやく実ったってことかねぇ!」
我関せずにゲームに没頭する影斗の眼前で、鹿野は嬉しそうにいくつかの冊子を広げてみせる。
「そろそろ大学も決めないといけないと思うんだよねー。 君は理系だから、将来を見据えると電子工学とか情報科学系がいいかなぁ。僕としては経営学で、派手に起業っていう道もお勧めなんだけどね。君には誰かの下についてるより、一番上に立ってる方が似合いそうだからね!」
「……」
「ねぇ、聞いてる?」
「聞いてるよ。その話はまた今度な」
「……」
影斗に生半可な返事しか貰えず、鹿野はふてくされたように頬を膨らませながら、見繕ってきた大学のパンフレットを机に置いた。
気を取り直すように息をつくと、依然ゲーム機画面に目を向けたままの影斗を見ながら頬杖をつく。
「――最近本当によく学校に来れてると思うんだけど、何かあった?」
「蒼矢来てるから」
「…ネクタイも着けてるみたいだね」
「首に掛けてけば、蒼矢が締めてくれるから」
「…そっかー」
自分が年単位かかっても出来なかったそれらのことを、出会って一ヶ月足らずでさらっとやらせた蒼矢に、鹿野は少し嫉妬した。
しかしてそれは鹿野が望んでいたことであり、この機を逃す手はないとも考えていた。
「…宮島さぁ、こうして学校に来てるなら、授業出てきなよ。髙城にはどうせ昼休みにしか会えないんでしょ?」
「…まぁ」
「ここでそうやって時間潰してるよりは、ずっと合理的だと思うけどな」
「……」
そう助言を受けてこちらへちらっと視線を向けた後、黙ったまま再び画面に目を戻す影斗を見、鹿野は息をついてパンフレットを取りまとめ、席を立つ。
「…ま、無理強いはしないけどね――」
「わーった」
「え?」
鹿野の横でのそっと立ちあがると、影斗は軽く伸びをする。
「出てくるわ。次どこだっけ? 時間割全然わかんねぇ」
「――」
不良生徒の急展開に、鹿野は目を点にし、取りまとめたパンフレットを床にぶちまける。が、すぐ慌てた風に事務デスクのキャビネットを漁り、影斗の前にコピー用紙を突き出した。
「っはいこれ、君のクラスの時間割! 次ココね!!」
「あ、ども」
「ああっ、今日はこれから僕の授業も控えてるからね! 場所はもちろんここの隣――」
「悪いけど鹿野ちんのは出ねぇわ。化学なんざ、学校でやる内容もう全部頭に入ってるし」
「――」
「代わりにコレ、次のセーブポイントまでやっといて」
影斗からゲーム機を投げ渡された鹿野は、しばらく固まったまま彼を見ていたが…そのまま椅子に崩れ落ちた。
「じゃ、頼むぜ。充電勿体ねぇから、セーブしたらちゃんと切っといてね」
化学教諭の悲愴な姿に噴き出しつつ、影斗は準備室のドアを開ける。そして閉じ際に、鹿野へ振り返った。
「…鹿野センセ、いつも色々世話かけて悪いな。あんがと」
そう言うとニヤッと笑い、影斗は姿を消した。
「……」
鹿野は放心の表情で影斗の出ていった扉を見ていたが、深く息を吐き出しながら、椅子にもたれかかった。
「…良い子なんだけどなぁ…ちょっとまだ不安だなぁ。…僕の力不足ですね」
正直なところ、影斗と蒼矢の関係性には危ういものがあった。本人同士が、ではなく、周りの目が、だ。
この学校において二人のポジションはいわば両極端にあり、普通に考えれば学校生活において接点は無いはずで、会っている姿を目撃されるとどうしても目立ってしまう。
そのことが生徒指導の知るところになれば、二人のどちらにとってもマイナスにしかならない。
でも…
どういう状況かは計り知れないが、あの不良体と付き合っても主体性を見失わず、逆に相手を更生させつつある鳴り物入りの一年生に、鹿野はひそかに期待をかけていた。
…彼なら、宮島に大学進学を選ばせ、無事卒業させてくれるかもしれない。
「――何事もなく、このままいい方向に落ち着いてくれればいいんだけど…」



それから数日、影斗は鹿野の奨め通りぼちぼち授業にも出席し、蒼矢との交流も危なげなくこなしていった。
そんな何事もない日が続いていた何気ないある日、ふらふらと廊下を歩いていた影斗の前方から、彼を待っていたかように二人の教員が近付いてきた。
「!」
一人は風紀委員会の顧問であり、生徒指導も兼ねているベテラン教員・猿渡サワタリで、天敵の登場に早々に気付いた影斗は内で頭を抱える。
そしてその隣に目線を移す。あまり接点がない教員で、誰だったかと素早く記憶を辿らせた。
「…あぁ」
…確か、一年の学年主任か…
運良くすぐに気がついて、思わず小さく声が漏れた。
猿渡らは影斗へ早足で近付くと、若干辺りを見回す。どうやら影斗が一人になるタイミングを見計らっていたようだ。
「――宮島、ちょっと来なさい」
影斗は素直に従い、三人で手近にあった小さな会議室へ入る。彼を座らせると、猿渡が対面にどかっと腰かけた。
「…最近は、ちゃんと朝から学校に来ているらしいじゃないか」
「あー、まぁ」
「授業にも何度か出ているようだな。どういう風の吹き回しだ?」
「別になんもないっすよ。そっちにとっても良いことでしょ?」
「…まあそうだな。大いに結構なことだ」
猿渡は若干声を張り上げて噛みしめるように頷くと、傍で控える学年主任から何やら資料を受け取る。
「本題はここからだ。…髙城 蒼矢という一年生は知ってるな?」
「!」
一学年担当の教員が帯同している時点で察しはついていたが、唐突に蒼矢の名前が出たことに影斗は少し動揺し、肯定も否定も出来ずに沈黙する。が、猿渡はそのわずかな変化を察知し、影斗へ詰めていく。
「隠しても駄目だぞ。こっちには報告が上がってるんだ」
「…知ってるよ」
「入学当初から接触していたのか?」
「…そんな感じ」
どこか投げやりな調子ではあるが素直に返す影斗の返答を聞き、猿渡は深くため息をついた。
「お前っ…うちの生徒内につるんでる奴はいないと思っていたのに…よりにもよってっ…」
そのまま額を押さえながらうなだれる猿渡に代わり、学年主任の教員が影斗に視線をやる。
「宮島、お前から髙城に近付いたんだよな?」
「そうだけど」
「目的は何だ?」
「は?」
お前のような・・・・・・生徒が、彼に興味を持つ理由を知りたい。…こちらも測りかねている」
「――」
学年主任の思考回路は生徒を預かる教員として当然たるものだったが、影斗に地味に刺さった。
しかし、彼ら相手に本当の理由を言えるはずもなく、適当にごまかすしかなかった。
「…理由なんてないっすよ。ちょっと面白そうだと思っただけ」
「……」
そのコメントを聞き、学年主任はしばらく沈黙し、腕を組む。
「…その程度の理由なら、髙城に近付くのはやめてくれないか?」
「…!」
影斗はやや目を見開いて学年主任を見上げる。
「入学当初から知っているなら、髙城がどういう立場でうちに入って来たかわかるだろう? 学校側は彼の今後に期待している。その分、我々は学校生活において安全を確保し、見守ってあげなければならない」
「…」
「…正直に言うと、お前が彼の近くにいるのは体裁が良くない。仮にお前側に他意が無いとしても、不要な心配をしなければならなくなる。既に生徒達の注目も集め始めている…このままだと、どこぞの保護者から問い合わせが来るかもしれない」
学年主任は淡々と続けるが、表情には幾分か憂いが混ざっているようだった。
無表情で黙ったままこちらを眺めている影斗に、猿渡は身を乗り出して顔を近付けた。
「宮島、頼むからこれ以上波風立てんでくれ。お前の素行には目に余るものがあり過ぎるが、他生徒に影響がないラインならもう何も言わない」
「……」
「お前と付き合うことだけを言ってるんじゃないんだぞ? …お前と行動を共にすることで、お前が付き合ってる他校の生徒が、髙城に悪い影響を与えやしないかと心配してるんだ。それだけは避けたい。親御さんに申し訳が立たない」
いつもの強面は鳴りを潜め、懇願するような表情で自分に訴えかける猿渡を見て、黙ったまま聞いていた影斗は、やがて小さく息をついた。
「…わーったよ。もう会わねぇよ」
「! 宮島っ…」
影斗の返答に感嘆の声をあげる猿渡だったが、横からさえぎるように学年主任がやや眉をひそめながら、机に手を置く。
「念のためだが…髙城には何もしていないな? …よもや手をあげたり、強請ゆすったりなんてことは――」
「ねぇっすよ。本人に聞いてみりゃいいじゃん」
「……わかった」
ようやく納得したのか、学年主任も表情を戻し、机から離れる。
「もう行っていいすか?」
「おお、いいぞ」
それなりに満足した教諭陣を背に、影斗は会議室の扉に手をかける。が、開ける直前に振り返った。
「…この話、あっちにはすんの?」
「? いや、お前にしかしないつもりだ。お前の方に話つけておけば、髙城からってことにはならんだろ」
「ああいう出来の良い子は総じてセンシティブなものだ。…入学してまだ間もないし、こちらとしてもあまり刺激を与えたくはない」
「…それならいいっす」
「頼むな、宮島! あ、授業は今後もしっかり出るように」
「へーい」
影斗は退出し、さっさとその場から離れる。
誰もいない廊下を折れると、ポケットに手を突っ込んだまま床を見つめ、深く息を吐き出した。
「…あーあ」
一応場はわきまえるものの、蒼矢にこちらの立場や意図を理解させないままだったので、結構おおっぴらにコンタクトをとってきてしまっていた。教員の目にはつかないよう工夫していたが、生徒達にはどうしても気付かれ、噂される。
…遅かれ早かれ、こうなることは予想ついていた。
それでも実際になってみると、思っていた以上にショックが大きかったことに、影斗は自分でも驚いていた。
「…結構ダメージ喰らうなぁ…」
影斗は再びため息をもらしながら、半笑いを浮かべた。
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