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本編

第8話_顔合わせた三人

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「へっ、あれ、エイト!?」
不在と判断して出直そうとした背中でドアが開き、振り返った烈は驚き過ぎて変な声が出てしまった。
「何で蒼矢んちにいんの!?」
「…いや、その台詞そっくりお前にも返すけど」
ドアを開けて応対した影斗も同じく、驚きの声をあげる。
「俺んちここの近くなんだよ。エイトもこの辺に住んでたの?」
「いやいやまさか。蒼矢と高校同じでさ。あいつ学校で具合悪くして…居合わせたから"頼まれて"送り届けたとこ」
「えー!? そ、そうだったの? そっかー…!?」
烈は信じがたいという面持ちで、影斗を上から下まで眺めた。
「あっ、で、蒼矢大丈夫なのか?」
「じきに良くなるんじゃねぇかな。さっき寝ちまったけど、一応薬飲ませたから」
「そっかー。…どうしようかなコレ、渡そうと思ったんだけど」
烈が手元を見て悩むような仕草をし始めると、階上でドアの開閉音がして、ゆっくりと蒼矢が降りてくる。玄関の喧騒さに目が覚めたようだ。
「烈…来てたのか」
「おう! ごめん、起こした?」
「お前の声が大き過ぎる」
少しだるそうな表情で目をこする蒼矢に、烈は影斗越しに応答する。
間に立っていた影斗は、当然の質問に切り込んでいく。
「…お前らどういう関係なの?」
「あー、いわゆる幼馴染! かれこれ10年?」
無言で呼応する蒼矢を引き寄せ、烈は肩に手を回す。
「!? お前、熱あんな。寝とけよ!」
「お前が起こしたんだろ…もう、離せよ感染すうつるからっ」
鬱陶しそうに烈の身体を突っぱね、解放された蒼矢は影斗を見上げた。
「先輩すみません…寝てしまって」
「あぁいいって。そのうち起こすつもりだった」
「烈と知り合いだったんですか?」
「つい最近からな。何日か前T駅近くのコンビニで会ってさ、ちょっとそこで色々話して」
「バイク乗ってるだろ、エイト。停めてあったのに見入っちゃってさ」
「ああ…、前から欲しいって何度も言ってたな」
「俺…決意を新たにしたよ。約束通り、買ってニケツできるようになったら一番にまずお前乗っけてやるからな!」
「乗らない」
「へっ!? なんでだよどしたよ急に!」
「絶対乗らない。お前も考え直した方がいい」
「はー!?」
やり取りを聞きながら、影斗は改めて目の前の二人を見比べた。
正直なところ、蒼矢と烈には背格好も顔の造形も、言ってしまえば中身もおそらく類似点が無いように思える。同じ学校に通っている同級生と仮定すれば、間違いなく別々の友人グループだっただろう。
それが、"幼馴染"という関係で括れば全ての不合理が解決する。
…とはいえ、これほどタイプの違う者同士が10年も関係を続けているとなれば、それはもう幼馴染という枠でもおさまりきらないのではないだろうか。
影斗は素直に感心していた。
「そっか、蒼矢の学校の先輩だったのかー…」
烈は再び、影斗をまじまじと眺める。
「そうだよ。この前会った時も制服着てたじゃん」
「いやー、まぁ言われてみれば…そうだよな。なんかさ、エイトが着崩し過ぎててわかんなかったわ!」
「…あぁー…」
他意無しにあっけらかんと言ってのけた烈だったが、横から蒼矢の冷ややかな視線が刺さる影斗は、明後日の方へ目を向けた。
「っと…俺、これ渡しに来たんだった」
烈は蒼矢の手に、持っていた小鉢を載せる。
「これ、母ちゃんから。今日の晩飯にって」
「…ありがとう」
「ちゃんと食えよ? あと、あんまり無理すんなよ、お前気管支も弱いんだから」
紅ら顔を隠すようにうつむきながら小さく頷く蒼矢を見て、烈はニッと笑う。
「じゃ、長居しちゃ悪いから! またなー」
「! あ、烈待った」
そう言いつつドアを開けて出ていこうとする烈を、影斗が呼び止める。
「お前んちここから近いってどのへん?」
「そこの交差点渡ってすぐだよ」
「じゃさ、家から卵一個もらって来れねぇ? あればコンソメも」
「?? わかった、ちょっと見てくる!」
軽快に駆け出していく烈を見送り、不思議そうな顔で見上げてくる蒼矢に、影斗は歯を見せながら悪戯っぽく笑った。



蒼矢をダイニングチェアに座らせ、影斗はここ最近使用履歴のなさそうな広いキッチンに立つ。
「もったいねぇなぁ、良い水場なのに」
「エイト、持ってきたー」
そこへ烈が実家から戻って来て、頂戴してきた卵とコンソメキューブを影斗へ手渡す。
「よくやった。次食器用意してくれっか?」
「了解ー!」
まだ熱が高い蒼矢はぼんやりとした面持ちのまま、賑やかに動き回る男二人を目で追っていた。
影斗の調理は手早く進み、ほどなくしてテーブルに卵粥と、温められた花房家の煮物が並べられる。
蒼矢の目が見開かれ、自然と上半身が器に寄る。
「先輩が作ったんですか…?」
「おう、大した工夫はしてねぇけど、悪くないと思うぜ」
「…いいんですか? こんな…」
「あー、心配すんな。お前んちに眠ってたパック飯と、烈んちの卵くらいしか使ってねぇから」
「そうですか…、では、頂きます」
横でうんうんと頷いている烈を見、納得した蒼矢はゆっくりとお粥を口に運ぶ。
「…美味しいです」
「だろ?」
ぽつりと漏れたその言葉と、わずかにほころんだ表情を見、影斗は満足そうに頬杖をつく。
すると、同じく蒼矢の食事風景を見ていた烈が、やにわに彼の腕を掴み、お粥の盛られたスプーンを自分の口に頬張った。
「!? おいっ…」
「…うめー! 全然簡単そうに作ってたのに、店で出るやつみたいじゃん!!」
さすがに動揺が声に出てしまった影斗だったが、当の烈に絶賛されてしまいそのまま閉口する。
「すげぇ~! ちょ、もう一口…」
が、更に器に顔が近付いたところで蒼矢の手がスプーンから離れ、烈の両耳を手ひどくつまんだ。
「いででででっ!!」
「何してるんだお前は…? 感染すうつるって言っただろ!」
「だってっ…お前が飯食ってそういう顔するのって、うちの母ちゃんの飯食ってる時以外見たことねぇんだもん! だからっ…よっぽど美味いんだと思って、食ってみたくなったんだよ!」
「……」
涙目になりながら耳を押さえる烈の言い訳を聞き、制裁を加えた蒼矢は手を離し、気まずさを取り繕うように座り直した。
「…だからって、俺のスプーンから食べるなよ…自分の持って来いよ」
「いや、マジ悪かった。これはエイトが蒼矢に作ったやつだもんな。…本当すげぇな、エイト料理上手いんだな!」
「…あぁ、まぁな」
二人のやり取りを黙って眺めていた影斗は、満面を笑みを浮かべながら再び賞賛してくる烈に、ニッと笑顔を返した。



食後ゆっくり休むように蒼矢に伝え、今度はきちんと戸締りをしてもらい、影斗と烈は帰路につく。
影斗はバイクを転がし、烈の家まで二人で歩いていくことにする。
「――さっき、出会って10年とか言ってたけどさ。すげーな、ずっと続いてて」
「あぁ…うんまぁ、一緒に遊んでとか顔合わせてとかってなると、そんなに長い付き合いじゃないかもしれねぇけど」
「中学まで一緒だったの?」
「いや、小学校まで。六年の三学期になって"私立行く"とか突然言うからビビったよね。…そういう肝心なこと全然言わねぇから文句の一つでも言ってやりたかったけどさ、あいつが勉強頑張ってたことも知ってたから、"わかった"としか返せなかったよ」
烈は、思い出を回顧しているのか、上を向きながら独り言のように当時を振り返る。
「蒼矢んち、父ちゃんも母ちゃんもあんまり家にいなくてさ、ほとんどいっつも一人なんだよね。…俺はそういうの耐えられないから、中学あがってもウチにいつでも飯食いに来ていいってだけは言っといたんだ。したらホントに、そういう時くらいしか顔合わせられなくなっちまったなー」
「電話とかは?」
「俺らどっちも携帯持ってねぇのよ。しかも俺の方は家電ってか、商売用のしかないからさ、使い辛くって…」
「なるほどね」
「…学校違うくらいどうってことないと思ってたけど…やっぱ痛いな、生活時間全然わかんなくなっちまうし。登下校で会えたらラッキー、遊ぶ約束取りつけられたらミラクルって感じかな!」
明るく話すもどこか寂しげな表情も見せる烈だったが、影斗の中で何かが引っかかる。
「さっきっから聞いてると"お前が蒼矢に"って風だけど、あいつから誘うとかはねぇの?」
そんな影斗の素朴な疑問に、烈はあぁと気付いたように視線を合わせるが、首をひねってみせた。
「…それは難しいなー…あいつそもそも出歩くタイプじゃなくてさ。普段から勉強ばっかりで…まぁそれは蒼矢の父ちゃんが厳しいってのもあるんだけど」
「ふぅん」
「でも、本で読んだこととか沢山教えてくれるし、そういう話してる時はいつも楽しそうだし、本当は色々やりたいこととか興味あることがあるのかもしれねぇな」
「でも、本だけで終わっちまってると」
「んー、突っ込んでは聞いてないけどね。でも、あんまり自由に生きれてない気がするんだよなー」
「…そっか」
などと会話を交わしていると、ほどなくして花房家の酒屋に着く。
「!? マジ近いな!」
「だろ? 今度ウチにも来てよ、なんなら酒買いに来て! 父ちゃんの趣味で珍しいのも置いてるから、親父さんに是非!」
「おー、そうだな、来るわ!」
自分の分ならいざ知らず、父親に買っていくことは無いだろうと思いながらも、影斗は快諾して烈と分かれた。
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