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願いの声
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どれほど異世界で生活しようとも、冨岡は法治国家出身の日本人である。
人の死に対して、大きな抵抗が拭えないのも無理はない。たとえそれが憎むべき敵であっても、だ。
「と、ともかく、貧民街では無駄な戦いは避け、ドロフとメレブを探すことに注力しましょう」
冨岡が言うと、アリリシャがわかりやすく意思を主張するべく手を挙げた。
「あの、よろしいでしょうか?」
「どうしたんですか?」
何か作戦でもあるのか、と冨岡が聞き返す。すると彼女は、周囲を見回しながら険しい表情を浮かべた。
「貧民街の周辺で待機を、ノノノカ様から命じられていたのは、私だけではありません。他にも三人いたはずなのですが・・・・・・」
どうやら自分の仲間を探していたらしい。
だが、貧民街の周囲と簡単に言ってもその範囲は広く、見つからないこともあるだろう。
冨岡はそう考えながらも、彼女の険しい表情に不安を覚えた。
「もしかして、この場所で落ち合う予定だったんですか?」
「いえ、明確に決めていたわけではありません。私の任務はノノノカ様への伝令でしたから。しかし、ノノノカ様から最初に下された命令は、『ドロフ氏、メレブ氏に危機が及ばない限り、目立つような行動は控えること』です」
アリリシャの言葉から察するに、ノノノカはベルソード家及び冒険者ギルドが、この件に介入していることを隠しておきたかったのだろう。それでも冨岡の部下であるドロフとメレブを助けるためならば、介入が公になることも辞さない。
アリリシャたちに出されていた指示は分かった。けれど、彼女が何を言いたいのか理解できず、冨岡は首を傾げて問いかける。
「落ち合う約束をしていなかったのなら、元々居た場所に隠れているんじゃないですか? もしくは、騒動が起き始めて姿を隠した、とか」
するとアリリシャは、一瞬躊躇うような顔をした。それでも報告は正確にすべきだ、と話し始める。
「我々が元々居た場所が、ここなんです。騒動が始まり、姿を隠したとしても、人の動きには注視するはず・・・・・・私が戻ってきたことを視認している場合、姿を隠し続ける理由がわかりません」
「元々ここに居た? ってことは、もうここには居ないってことですか?」
「おそらくは」
その瞬間、冨岡は心臓を撫でられるような、嫌な感覚に襲われる。
「じゃ、じゃあ、ドロフとメレブに危機が?」
ノノノカの命令は絶対。そんなベルソード家に仕える者たちが動く理由は、一つしかない。
冨岡の問いかけに対し、アリリシャは不安そうに答える。
「い、いえ、そう決まったわけではありません。我々は貧民街に足を踏み入れられない関係上、ドロフ氏、メレブ氏を常に視認していたわけではないので。しかし、動くだけの理由があったのは確かかと」
「だったら尚更急がないと!」
焦った冨岡は即座に地面を蹴る。レボルとアリリシャは、走り始めた背中を逃さないよう追いかけた。
無事でいてくれ。胸が痛くなるほどの動悸を感じながら、冨岡はそう願う。
神でも悪魔でも魔王でも勇者でも聖女でも、誰でもいい。自分のために危険な場所に向かった二人を守ってくれ。そう願うしかなかった。
そのまま走り続け、もう少しで貧民街というところ。次の角を右折すれば住民たちの居住区だ。悲鳴や金属音は大きくなり、何かが燃える嫌な匂いや、鉄臭さが鼻につくようになってくる。
それでも足を止めるわけにはいかず、冨岡は最後の角を曲がった。
「メ、メレブ!」
角を曲がった瞬間、冨岡は心から仲間の名前を呼ぶ。これは願いの声ではない。
目の前で横たわる仲間の名前を、咄嗟に呼んだだけだった。
人の死に対して、大きな抵抗が拭えないのも無理はない。たとえそれが憎むべき敵であっても、だ。
「と、ともかく、貧民街では無駄な戦いは避け、ドロフとメレブを探すことに注力しましょう」
冨岡が言うと、アリリシャがわかりやすく意思を主張するべく手を挙げた。
「あの、よろしいでしょうか?」
「どうしたんですか?」
何か作戦でもあるのか、と冨岡が聞き返す。すると彼女は、周囲を見回しながら険しい表情を浮かべた。
「貧民街の周辺で待機を、ノノノカ様から命じられていたのは、私だけではありません。他にも三人いたはずなのですが・・・・・・」
どうやら自分の仲間を探していたらしい。
だが、貧民街の周囲と簡単に言ってもその範囲は広く、見つからないこともあるだろう。
冨岡はそう考えながらも、彼女の険しい表情に不安を覚えた。
「もしかして、この場所で落ち合う予定だったんですか?」
「いえ、明確に決めていたわけではありません。私の任務はノノノカ様への伝令でしたから。しかし、ノノノカ様から最初に下された命令は、『ドロフ氏、メレブ氏に危機が及ばない限り、目立つような行動は控えること』です」
アリリシャの言葉から察するに、ノノノカはベルソード家及び冒険者ギルドが、この件に介入していることを隠しておきたかったのだろう。それでも冨岡の部下であるドロフとメレブを助けるためならば、介入が公になることも辞さない。
アリリシャたちに出されていた指示は分かった。けれど、彼女が何を言いたいのか理解できず、冨岡は首を傾げて問いかける。
「落ち合う約束をしていなかったのなら、元々居た場所に隠れているんじゃないですか? もしくは、騒動が起き始めて姿を隠した、とか」
するとアリリシャは、一瞬躊躇うような顔をした。それでも報告は正確にすべきだ、と話し始める。
「我々が元々居た場所が、ここなんです。騒動が始まり、姿を隠したとしても、人の動きには注視するはず・・・・・・私が戻ってきたことを視認している場合、姿を隠し続ける理由がわかりません」
「元々ここに居た? ってことは、もうここには居ないってことですか?」
「おそらくは」
その瞬間、冨岡は心臓を撫でられるような、嫌な感覚に襲われる。
「じゃ、じゃあ、ドロフとメレブに危機が?」
ノノノカの命令は絶対。そんなベルソード家に仕える者たちが動く理由は、一つしかない。
冨岡の問いかけに対し、アリリシャは不安そうに答える。
「い、いえ、そう決まったわけではありません。我々は貧民街に足を踏み入れられない関係上、ドロフ氏、メレブ氏を常に視認していたわけではないので。しかし、動くだけの理由があったのは確かかと」
「だったら尚更急がないと!」
焦った冨岡は即座に地面を蹴る。レボルとアリリシャは、走り始めた背中を逃さないよう追いかけた。
無事でいてくれ。胸が痛くなるほどの動悸を感じながら、冨岡はそう願う。
神でも悪魔でも魔王でも勇者でも聖女でも、誰でもいい。自分のために危険な場所に向かった二人を守ってくれ。そう願うしかなかった。
そのまま走り続け、もう少しで貧民街というところ。次の角を右折すれば住民たちの居住区だ。悲鳴や金属音は大きくなり、何かが燃える嫌な匂いや、鉄臭さが鼻につくようになってくる。
それでも足を止めるわけにはいかず、冨岡は最後の角を曲がった。
「メ、メレブ!」
角を曲がった瞬間、冨岡は心から仲間の名前を呼ぶ。これは願いの声ではない。
目の前で横たわる仲間の名前を、咄嗟に呼んだだけだった。
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