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操り人形

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 勇者伝説とは、つまり西の大国エスエ帝国誕生の物語だ。
 レボルが話し終えると、ノノノカは含み笑いをする。

「その後、初代エスエ帝国皇帝はクーデターによって命を落としておる。国の利益を我が物にせんとする『悪しき者』によっての。他人の正義観念なんぞに興味はないが、貧しさの中では他人の物を奪うことが正義と呼ばれることもある。今回の件もそうじゃ、貴族たちにとっての正義は、国の体制を維持すること。権力に固執するのは、心の貧しさそのものじゃのう。そのために勇者を作ろうとしたのじゃ。エスエ青年のような勇者をな」

 魔王を討った勇者を担ぎ、国民の支持を得る。そうすれば、どれだけ貴族にとって都合の良い政治をしても、ある程度不満を抑えることが可能だ。
 理屈はわかるが、冨岡の胸には疑問が残る。

「貴族たちはドルマリン男爵を担ぎ上げることで、自分たちの派閥が、国民に支持されると考えていた。そういうことですよね? でも、さっき聞いた話じゃあ、ドルマリン男爵は正義感が強い有能な人。そんな人が、貴族たちの欲望丸出しな策に乗るとは思えないんですけど」
「まだ青いのう、ヒロヤ。可愛い孫じゃからこそ、ワシが教えてやらねばならんことがいくらでもある。これからはもっと頻繁に会いにこよう、甘いミランの果実を持っての。良いか? 正義感とは、その者がどれほど『信じたものを信じ抜くか』という言葉に置き換えられる」
「信じたものを信じ抜くか・・・・・・」
「信仰心のようなものじゃ。正義とはあまりにも不確かで、移ろいゆくもの。月どころではない。水面に映った月のようなものじゃ。石を投げ込めば、簡単に形を変える。わかりやすく言えば、ドルマリン男爵に『それ』が正義だと思い込ませればいい。正義感の強い者ほど、御し易い」

 ドルマリン男爵は正義感が強い。
 彼の正義は『国民と国益を守る』ことだ。そんな彼が魔王を討伐したからこそ、貴族たちは目をつけたのだろう。操り人形として。
 簡単な話だ。一本ずつ糸を垂らしてやればいい。
 身分制度は国民を守るために必要なものだ。身分制度が破綻すれば、貴族たちは国民を守ることができない。
 貴族たちは国民が飢えている現状を憂いている。国王は国民たちが飢えている現状に何も感じていない。貴族たちは一丸となって、身分制度を守りながら、国民たちの生活を豊かなものにしなければならない。
 そのためには、勇者が必要である。魔王を討った勇者が、国民たちをまとめ、国を守らなければならない。
 こんなところだろうか。だが話の詳細など、この際どうでもいい。ドルマリン男爵が、身分制度を維持することが正義だと思い込めばいいのだ。
 言葉が糸となり、ドルマリン男爵を操り人形に変えた。
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