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憧れや恋ではない

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 ローズはすっきりした表情で言い放つと、椅子から立ち上がった。
 まだ幼い彼女の身長は、当然低い。けれどアメリアには大きく見えた。本当にフィーネやリオと同じくらいの年頃なのだろうか、と疑うほどである。
 話している内容も、妙に大人びており、頭の良さが感じられた。大人のように深く考えすぎないから、などという安易すぎる理由では説明がつかない。
 もしかすると、公爵令嬢として高等な教育を受けた上に、他人の顔色を伺う生き方をしてきたローズは、子どもの純粋さを持ったまま精神が育ってしまったのかもしれない。偏食を装い、わがままを言っていたのは、『他人に迷惑をかける』という方法で精神の安定を図っていた可能性がある。
 だがその答えは、ローズ自身にもわからない。それでも彼女の中の歪みであることには間違いないだろう。
 確かにわかるのは、ローズが心から冨岡の幸せを願っているということ。
 その相手として、アメリアが相応しいと感じたのだった。
 アメリアはローズの背中に声をかける。

「ローズ様、ありがとうございます」

 年齢など関係ない。自分に道を示してくれた幼い女の子に、心から感謝をしていた。
 するとローズはくるっと振り返って、顎を上げる。

「勘違いしないで、アメリア。私が負けを認めたのは『今』の話よ。トミーはこれだけ頑張っているんだもの、誰かが支えないといけない時が来るわ。その相手が、今は私じゃないってだけ。何かあればすぐに奪うんだから。キュルケース公爵令嬢を甘く見ないでよね」

 横柄に感じる言葉には、温かみが混じっていた。
 アメリアは何故か可笑しくなって、笑みを漏らす。

「庶民のしぶとさも中々厄介かもしれませんよ、ローズ様。それに私は、結構執着がすごいんです。借金を背負ってまでこの場所を手放さなかったので」
「言ってなさい」

 ローズも同じように口角をあげてから、自分の執事を呼んだ。

「ダルク、私もお肉が食べたいわ。一番良さそうなものを焼いて」

 そう言いながら離れていくローズの背中に、アメリアは深く頭を下げる。
 こじ開けられた心の扉から、新鮮な夜風が入っていった。随分前に捨てたと思っていたものが、心の奥で埃をかぶっている。風が埃を払い、光を放ち始めた。
 アメリアはそっと、その光を抱き上げる。もう二度と無くさないように。
 そんなアメリアの近くから離れたローズは、何かにすがるようダルクの服を掴んだ。

「ローズお嬢様」
 
 ダルクは静かにローズの名前を呼ぶ。

「今は・・・・・・こうさせて」

 ローズは自分の感情に負けないよう、噛み締めるような声を出した。

「聞くつもりはなかったのですが、このダルク、歳をとっても耳だけは衰えていません。お嬢様、本当にご立派でした」
「うるさいわよ」
「家族以外への愛をお知りになったのですね。憧れや恋ではない、愛を。愛だからこそ、身を引かれた。お嬢様にお仕えする身として、誇りに思います」
「・・・・・・お肉」
「ええ、一番美味しいお肉をお取りしましょう」
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