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悲しい過去を拳に握って

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 ブルーノに言葉で詰め寄られた冨岡は息を呑んだ。
 他の話に例えられていたが、ブルーノは自分のことを口にしているのだと言わんばかりに真剣な表情を浮かべている。
 他の男に靡いて王子を捨てた姫、もしもそれが。
 冨岡の頭は悲しい想像で埋め尽くされた。

「まさか・・・・・・アレックスのお母さんは・・・・・・」
「わかったか? これが現実だ。俺が幸せだと思っていた環境をアイツは、退屈だって吐き捨てやがったよ。刺激のない退屈な生活には飽き飽きだってなぁ」

 アレックスの母親が出ていった理由。それは噂話とは違い、幸せの最中に自分の欲望を優先したものだった。
 確かにそれはアレックスに聞かせてはならないものである。
 アレックスへの気遣い。そこには確かな情を感じる。

「じゃあ、そのショックでブルーノさんはギャンブルに?」

 冨岡がそう問いかけるとブルーノは、呆れたような表情で口を開いた。

「テメェはどこまでもズカズカと・・・・・・他人の家に入ってきたどころか、事情にまで踏み込んできやがって。チッ・・・・・・元々、俺の工房はあの女の家が運営してたもんなんだよ。あの女が出ていった際に、向こうの実家が工房の所有権をもぎ取っていきやがったんだよ」
「そんな・・・・・・だって、その頃にはブルーノさんが所有権を持っていたんでしょ?」
「はっ! テメェみてぇな若造にはわからんだろうがな、どの業界にも力関係ってのは存在する。林業において、あの女の実家は絶対的な権力を持ってやがったんだ。あの家に逆らって林業を続けられるわけねぇんだよ」
「でも・・・・・・自分から出ていったのに・・・・・・」
「俺が暴れたって話になってるよ。アイツの実家ではな」

 噂など鵜呑みにすべきではない。ほとんどの人がそう思っていても、多少踊らされるものだ。
 冨岡もまた、目の前の状況証拠だけで噂が全て真実だと思っていたのである。
 
「確かにブルーノさんの言う通り、俺は何もわかってなかったですね。人の残酷さも社会の息苦しさも・・・・・・」

 反省すべき点は素直に受け止める冨岡。だが、目の当たりにしたアレックスの痣と、刷り込まれていた恐怖は真実である。
 たとえブルーノが悲しい過去を背負っていても、子どもを傷つけていい理由にはならない。

「ブルーノさんの過去はわかりました。俺が聞いていた話が真実とは違っていたことも。でも、納得できないんです。どうして今、アレックスが飢えなければならないんですか?」
「仕事がねぇんだ、仕方ねぇだろうが!」
「他の工房で働いているって聞いたんですけど、そうじゃないんですか? いや、そうじゃなくても働くことはできるでしょう?」
「まだわかってねぇんだな、テメェは。アイツの実家は林業において絶対的な権力を持ってんだぞ。俺を雇うとこなんてありゃしねぇ。まぁ、それでも下請けの下請けの下請けくらいなら、稀に仕事がある。クソみてぇな賃金でな」
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