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所詮ただの人

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 人の壁がやけに厚く感じる。一瞬でも早く、アメリアやフィーネの元に辿り着きたい。
 その思いが冨岡の足を、手を、体を動かす。
 ようやく人混みを通り抜けたところで冨岡の目に映ったのは、屈強な体をした男がアメリアの手を捻りあげる場面だった。

「や、やめてください!」
「うるせぇ、誰の許可を得てここで商売してやがんだ!」

 アメリアの抵抗を一蹴し、男は拳を振り上げる。その足元にフィーネがしがみつき、男をアメリアから離そうと必死に引っ張っていたが、子どもの力ではびくともしない。
 その映像が瞳に入ってきた瞬間、冨岡は頭が沸騰するような怒りを感じた。かつてないほどの憎悪である。

「やめろ」

 冨岡はそう呟きながらアメリアの元へ走った。しかし、時間は止まってくれない。
 男は脅しとして拳を振り上げていたが、もう片方の手でアメリアの細い腕を握っているのは事実。粗暴な男の手が白い肌に食い込み、鬱血するほどの力が加えられていた。

「い、痛いです」

 苦悶の表情を浮かべ、何とか逃れようとするアメリア。
 痛いはずだ。逃げられないよう、骨が軋むほどの力が加えられている。
 
「やりやがったな」

 冨岡が喉の奥から、血を這うような声を出した。
 沸騰していた頭を通り、全身の血液が湧き上がる。
 許せない。アメリアに痛みを与え、こともあろうに振り上げた拳を向けているのだ。
 もしも冨岡が少年漫画の主人公ならば『眠れる力』が目覚め、超人として戦う場面だろう。

「アメリアさんを離せ!」

 冷静な判断ができず、冨岡は無策で飛び込んだ。全身全霊で男に体をぶつける。
 だが、冨岡は少年漫画の主人公ではない。戦うために鍛えている傭兵とおぼしき男に、対して鍛えてもいない冨岡が体当たりをしても大した効果はなかった。

「ああ? いてーな」

 その程度の反応しか引き出せない。むしろ冨岡は弾き返され、地面に投げ出されてしまった。

「くっ」
「トミオカさん!」

 自分の窮地だというのにアメリアは冨岡の心配をしていた。
 ここでようやく冨岡は冷静になる。自分の格好悪さに情けなくなり、冷静にならざるを得なかったのだ。
 この広場で売ると決めた時、ちょっとした揉め事が発生するのを予見していなかったわけではない。自衛のためにスタンガンも持ってきていた。しかし、今スタンガンは屋台の中で「自分のことも持っていかないんすか?」と呆れ顔を浮かべているだろう。
 もしも、冷静に判断できていたならばスタンガンで男を撃退できたはずだ。
 情けない。動揺と怒りに身を任せ、結局アメリアを救うことができなかった。
 もう一度言おう、冨岡は少年漫画の主人公ではない。
 自分に力がなくとも、何もできなくても、それでも立ち上がらなければならない時がある。
 それが今だった。

「アメリアさんを離せぇ!」

 冨岡は地面から飛び上がり、男に体をぶつける。
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