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澤檸檬

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ネクタイ。

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 月曜日。陰鬱とした気持ちが、体の奥底から湧き上がってくる。
 また仕事か、と溜息を吐きながら革靴を履いた。
 働かなくちゃ生きていけないのに、働いていると死にたくなる。
 怒鳴りつけることが仕事だと思っている上司。他人を蹴落としてでも自分の成績を上げたい同僚。無理なノルマ。進みの遅い時計。何もかもが、嫌になる。
 あとこの生活を何年続ければ、働かずに生きていけるのだろうか。考えるだけでも頭が痛くなるし、悲痛を言葉にすれば、さらに心が重くなるだろう。
 だから、俺はネクタイを締める。
 湧き上がってくる負の感情を、首元で堰き止めてくれるから。
 けれどその分、息苦しい。
 同僚の一人に「働くのは、生きていくのは大変だよな」みたいな話をしたことがあるけれど、「何事も慣れだよ。住めば都っていうだろ? 仕事があるだけありがたいよ。働けば王宮だ」と、澄んだ瞳で言い返された。
 彼の瞳を囲む皮膚はひどくくすんでいて、その状態に名前をつけるなら『洗脳済み』がピッタリだろう。
 環境に慣れようにも、人間は恒温動物だ。蛇や蛙とは違う。自分の温度を変えることはできない。
 そんなことを考えながら、俺は始発の電車に乗った。
 もう月曜日は始まったのだから、働くしかないのだ。
 電車はまだ空いていて、通勤ラッシュを避けられることが早朝出勤の唯一の救いである。俺は出入り口付近の座席に座った。ここなら肩を手摺りに預けられる。
 途中、眠気に襲われてコクンとなったところでハッと目覚めた。
 体を起こそうとすると、ネクタイが手摺りに絡まっていて、動けない。
 面倒だと思いながらも手を伸ばし、ネクタイの絡みを解く。
 ふと顔を上げると、無様な自分の姿が向かいの窓に映っていた。
「首輪だな」
 いつの間にか飼い慣らされ、与えられた場所から離れることなんて、考えられなくなっていたらしい。
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