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澤檸檬

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魔性の女。

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「帝国に女の将軍がいるって知ってるか?」
 兵舎の食堂で、敵国の話をするなんて勇気がある奴だ、と俺は耳を傾ける。その机には四人の新兵たちが集まり、食事ともいえない食事を口に運んでいた。彼らはまだ、本物の戦場を知らない。明日が来れば、もう帝国の話なんてしなくなるだろう。彼らの初出兵だ。
 帝国と王国の戦争が始まって、もう五年。終わりはまだ見えていない。
「知ってるぜ」
 一つ離れた机で、会話は続く。
「魔女だか、聖女だかって奴?」そう口にしたのは、新兵の中でも一番間の抜けた顔の男。
「どっちも正解だな」答えたのは、確か剣術の成績がトップだった男。
 新兵の名前なんていちいち覚えていられない。どうせすぐに戦場で死ぬか、怪我をして内地に送り返される。
 剣術トップの新兵は言葉を続けた。
「何せ、どんな男よりも強いらしい。魔法じみた剣の腕を恐れて『魔女』だ。その上、魂が抜かれるほどの美女らしい。だから『聖女』ってな」
 あの女は、そんな呼ばれ方をしているのか、と俺は自分の顔にある横一線の傷を撫でる。
 そんな生易しいものじゃないぞ、あの女は。

 翌日、最前線に『その女』は現れた。
 馬に乗り、得意げに剣を構えている。ジクジクと顔の中心が痛み、血の匂いを思い出した。
 何より恐ろしかったのは、その女が俺をじっと見つめていることだ。見た事もないほど美しい顔で。美貌にせよ、戦力にせよ、傾国の美女であることは間違いない。
「ああ、会いたかったわ。目印をつけておいてよかった」女が言う。
「なぁ、どうして戦場でそんな顔ができる?」
 俺は剣を抜きながら問いかけた。すると、女は艶やかな唇を薄く開いて、吸い込まれるような微笑を浮かべる。
「命を賭けて、私を奪おうとする男が大好きなの。そんな男を私は独り占めしたい。永遠のものにしたいのよ」
「ふざけているのか」
「ふざけてなんかないわ。私は本気よ。戦場で千人に恋をするの。剣を交える瞬間、愛し合って、熱く燃えて、そして最後は永遠に私のものにする。死ぬ瞬間、その目に映るのは私なの。私は千人を愛して、千人を殺す」
 女の言葉は傷に響く。痛みは熱さとなり、脳の奥に女の表情を焼き付けた。
「まさしく、魔女だな。イカれ女め」
「違うわ。魔性の女よ」
 女はそう言いながら、俺の視界から消える。そして次の瞬間、俺は空を見上げていた。首から下の感覚がない。これが比喩でないことは、すぐに分かった。俺の視界には俺の首から下と、紅潮した女の顔が映っている。
「私だけを見ながら逝って。この瞬間が永遠になりますように」
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