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澤檸檬

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隣人。

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『よぉ、相棒。隣人を殴れ。隣人を殺せ。俺の敵は常に隣人だろ?』
 頭の中で声が響く。物心ついてからずっとだ。僕の感情が少しでも動くと、『俺』が話しかけてくる。
 道端で誰かに肩をぶつけられた時、誰かが僕を笑った時、何かが上手くいかなかった時、『俺』は現れるんだ。
「黙れ」
 僕は静かに呟く。会話ができるわけではないが、意思を強く持てば、『俺』は黙ってくれる。
 その制御方法を覚えたのは、高校を卒業してからだった。それまでは、『俺』に体の主導権を奪われ、怒りに身を任せてしまっていた。おかげでいつも、問題児扱いである。
 大学を卒業し、社会人になり、ストレスまみれの生活を始めてから、『俺』はやけに活発だ。一日も欠かさず、『ほら奪え』だの『蹴り飛ばせ』だの指示を出してくる。
 今日もそうだ。僕が暮らしているアパートの壁は薄い。隣の部屋で何を話しているのか、会話に参加できるほど聞こえてくる。運悪く、今日は隣人が客を呼んで騒いでいた。
 うるさいな。僕がそう思った瞬間、『俺』が話しかけてきたのである。
 いつも通りだが、いつもと違うのは今日の『俺』のしつこさだ。
『うるせぇって思ったんだろ? 黙らせろよ。ほら、その手で。殴れ、殺せ』
「黙れ」
 僕は自分自身に言い聞かせる。しかし、『俺』の感覚がジワジワと体を蝕んでいった。
 右半身が『俺』に奪われたところで、僕の体はキッチンに向かい包丁を握る。
『ほら、俺が殺してやるよ。黙らせてやる。いいから、黙って見てろよ』
「やめろ」
 左半身で必死に抵抗するが、僕の中で『俺』が広がっていった。
 次第に足は、玄関へと向かう。
「やめろ、やめろよ」
 強く、強く、僕は願った。自分の中にある『怒り』を消し去るように、自分自身に『憤り』をぶつける。それでも抗いきれぬ衝動は、黒く滲んだ血痕のようで、いつまでも取れない。結局、僕は『俺』なんだ。そう思うと悔しい反面、体が楽になったような気がした。
 その瞬間、僕は包丁を持つ右手の感覚だけを取り戻す。ようやくわかった。
 ああ、お前の言う通りだよ。『俺』の言葉は間違っていない。
「そうだな、僕の敵は常に隣人だったよ。僕は隣人を殺さなきゃならない」
 僕は会話のできない『俺』に言うと、自分の喉に包丁を突き立てた。
『ほうら、静かになった』う通りだよ。『俺』の言葉は間違っていない。
「そうだな、僕の敵は常に隣人だったよ。僕は隣人を殺さなきゃならない」
 僕は会話のできない『俺』に言うと、自分の喉に包丁を突き立てた。
『ほうら、静かになった』
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