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澤檸檬

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慟哭。

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 よくもまぁ、仕事前にそんなに食べられるな、と俺は感心する。
 田所と組んでからもう二年になるけれど、こいつの食欲だけには慣れない。
「見ろよ、鰹節が踊ってるぜ」と田所は言う。
 鉄板の上で、ジュージューと音を鳴らすお好み焼き。それにふりかけられた鰹節は、熱で不規則に揺れる。しかし、わざわざ口に出すほどのことでもないだろう。鰹節は熱いと動くんだ。
「いいからさっさと食えよ。仕事に遅れる」
 俺はそう言いながら、吸っていたタバコの火を消す。このご時世にしては珍しく、喫煙可能店だったのはありがたい。
 消したタバコの灰は、鰹節と同じように不規則な動きで舞った。
 灰を目で追う俺に、田所が呆れたような顔で言い返す。ムカつく顔だ。
「ほんと、お前は感動がないよな。いいか、食事は一日に三食なんだぞ? 一年で千九十五食しか食べられないんだ。一生に食べる食事の数は決まってるのに、なんとなく済ませるのは勿体無いだろ」
「俺は朝飯を食わないから、一日二食だ。そもそも、一々感動していたら、感動が勿体無い」
 それに。俺はそう言いかけて止めた。
 続く言葉はこうだ。鰹節が踊っているとは思えない。

 田所の食事と、俺の喫煙を終え、仕事に向かう。何の感情も湧かない、ただの仕事だ。
 それは、工場で同じものを作り続けるのと同じ。慣れたルートで営業に回るのと同じ。明日を生きる金を稼ぐ、それだけの行為だ。やりがいなんて、そもそも仕事に求める方が間違いだろ。
「今日中に返すって約束したよなぁ!」
 口の端にソースと青のりをつけたまま、田所が債務者を恫喝した。
 ほら、見てみろよ、と俺は言いたくなる。
 金を返せない債務者は必ずこうなるんだ。目の前の恐怖から逃げられないと察し、体を大袈裟に動かして、被害者よろしく『悲しい』だとか『辛い』だとか、そんな顔をして泣き始める。
 そっくりだろ、鰹節の慟哭に。
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