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澤檸檬

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プライド。

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 殴られた時は痛いと感じるより先に、恐怖が血液に代わって全身を巡るんだ。
 痛いより熱いなんて言う人もいるけれど、怖い。それは暴力が理不尽であればあるほど怖い。
「やめて、やめてよお父さん」
 幼い僕はそう懇願するしかなかった。母は隣の部屋で見て見ぬふりをする。まるで僕自体存在しないかのように。
 父が疲れ眠ると、母は僕を見つける。ずっと心配していたかのような顔をするんだ。
 それでも僕にとっては唯一の救い。いつのものだか分からないアザを撫でる母の手は、とても温かった。
 辛くて、怖くて、温かい毎日。どうして僕は殴られるんだろう。どうして愛されないのだろう。他の子はどうして幸せそうに生きているんだろう。
 その答えは、学校の図書室で読んだ本に書いてあった。
『ライオンは群れで生きる動物です。群れを率いる一頭のオスと複数のメス、そしてその子どもたちが群れとなって生きています。他のオスに自分の群れを襲われたオスは必死に戦います。その結果敗れた場合、新しいオスの群れとなってしまうのです。新しいオスは、自分の子孫を優先させるために前のオスの遺伝子を持つ子どもを殺します』
 どうやらそれは、動物の本能であり自然界では正しいことらしい。
 父に似ていない僕。僕を殴る父。
 そうか、これは正しいことなんだ。僕はそう思った。
「だから、これも正しいことなんだ」
 僕はそっと酒を飲んで寝ている父に近づいた。
 奪い返さなきゃ、僕の群れを。
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