1ページ小説

澤檸檬

文字の大きさ
上 下
106 / 122

心頭滅却。

しおりを挟む
 心頭滅却すれば火もまた、なんて精神論を蔓延らせる嘘も大概にして欲しい。
 地球が背伸びをして、太陽にでもなってしまったんじゃないかとすら感じる猛暑日。
 エアコンが悲鳴の様な音を漏らしながら、必死に室内を冷やす。けれど地球温暖化だか、歴史的な猛暑だかには勝てず、部屋の中だというのに汗が滴ってきた。
「暑い、暑い、暑い」
 パソコンに向かいながら、打ち込んでいる文章とは関係のない言葉を吐く。
 明日には提出しなければならない書類の作成が、一向に捗らないのは全部暑さのせいだ。古いエアコン、木造アパート、南向きの窓。何もかもが腹立たしい。
 いっそバスタブに水を溜めて、その中で仕事をしてやろうか。自分でも呆れるほど馬鹿なことを考えていると、夏菜子がため息を吐いた。
「ねぇ、うるさい。暑い暑い言ってるから暑いのよ」
 とんだ精神論だ。それが成立するのなら、心頭滅却してればいい。
「仕方ないだろ、暑いんだから。新しいエアコン買おうかな。もしくは遮光カーテンとか。日光をもっと遮れば、涼しくなる気がする」
「エアコンとか、カーテンとか、そんなことより涼しくなる方法があるじゃん。怖がればいいんだよ」
「ホラー映画とか、怪談話とかか? 作り物だってわかってれば怖くない。気の持ち様って言うと精神論みたいだけど、要するに理解できるものは怖くないんだと思う」
「違うよ、私! この部屋に憑く幽霊なんだけど!」
 夏菜子は存在しない膝から下を見せびらかしてきた。いや、見えないんだけれど。
「怖くない」
「なんで!」
「しっかり見えてるし、会話もできる。話せば楽しいし、お化けだから怖い、なんて謂れのない決めつけだろ。心頭滅却と同じ」
「え、心頭滅却に何かされたの?」
 夏菜子は気の毒そうに首を傾げた。自分がどんな未練を持って、この世に留まり続けているのかすら忘れてしまった幽霊に憐れみの目を向けられる。
 精神論が嫌いなだけだ。
「ともかく、夏菜子は怖くない。むしろ居ないと寂しいくらいだ」
「やめて、優しい言葉をかけないで。なんか成仏しそうな気がする」
「あー、それはそれでいいんじゃないか? 人の数が減ったら部屋の中が涼しくなる気もする」
「精神論は嫌いなんでしょ、私に体温はないわよ」
 そう、精神論は嫌い。
 だから、憎まれ口を叩いてみた。夏菜子がここに居られるように。
 夏菜子がいなくなったら寒くて、次の夏を迎えられない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...