恋を始める五分前

澤檸檬

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恋を始める五分前

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「そのタバコ、新しく発売したやつか。それ、美味い?」

 会社が入っているビルの一階の端。喫煙所でタバコを吸っていた俺はいきなりそう問いかけられた。
 スマホを触りながらタバコを吸っていた俺は顔を上げる。
 そこにいたのは何度かこの喫煙所で見たことのある男だった。見た感じ俺よりも十歳ほど上の男。
 同じ会社で働いているわけではないので、おそらくこのビルの中に入っている他の会社の社員だろう。
 俺は軽く会釈をして返事をする。

「え、まぁ、美味いっすよ。でも前吸ってたやつよりも軽いんで、本数増えちゃうんですよね」
「そうか。ちょっと気になってたんだよな、それ」

 そう言いながら男はポケットからタバコを出して、火をつけた。
 細くて長い指でたばこを挟み、薄い唇で咥える。
 その動作がやけに色っぽくて俺は視線を外せなかった。
 すると男は俺の視線に気づき、首を傾げる。

「どうした?」
「いや、何でもないっす。えっと、何度かここで会ったことありますよね?」

 俺がそう言うと男は小さく笑った。

「ああ。このビルの喫煙者も減ったから、喫煙所にいる奴の顔は覚えちゃうよな」
「そうっすよね」

 俺は煙を吐きながら頷く。
 だが、その視線はずっと男の横顔を見ていた。
 高い鼻と長いまつ毛、きめ細かく白い肌。
 シンプルに美しいと思ってしまう。
 俺の視線がくすぐったかったのか男は鼻の頭を掻いた。
 
「時代の流れだから仕方ないけど、喫煙者の肩身狭いよな」

 男はため息がちに煙を吐き出しながら言う。

「間違いないっすね。仕方ないっすけど」

 俺はそう言ってから、タバコの灰を灰皿に落とした。
 男は同じように灰を落とし、伸びをする。

「あーあ、窮屈だよな。タバコも仕事もプライベートも。もっと自由でいいと思うわ」
「た、確かに、自由でいいっすよね」

 自分に言い聞かせるように俺は言った。
 自由でいい。
 今、その言葉は俺の心に刺さる。
 背中を押された気がした。
 一歩踏み出してみるか、と俺が考えた瞬間に男はタバコの火を消して灰皿に捨てる。

「じゃあ、行くわ。お互い頑張ろうな」
「あ、も、もうっすか?」
「仕事中だしな」

 そう答えながら微笑む男。
 そして男は喫煙所を出ようとする。
 離れていく背中に俺は思わず声をかけた。

「あ、あの」

 自分でもやってしまった、と思う。
 呼び止めてしまった以上、何か言わなければならない。
 男は足を止めて微笑んだ。

「どうした?」
「あ、あの、名前聞いてもいいっすか?」
「何だよそれ」

 思わずそう問いかけた俺に男は笑う。
 少し笑ってから、ポケットに手を入れて、何かを取り出した。
 そして取り出したものを俺に渡す。

「神崎。それが俺の名刺」

 貰った名刺を眺めているうちに神崎は喫煙所から出ていた。
 俺は慌てて喫煙所から顔を出し、声をかける。

「俺、長瀬っす」

 それを聞いた神崎は振り返らずに右手をあげた。
 そんな背中を見送りながら俺は胸の高鳴りを感じる。
 多分こんな風に始まるものなんだな、と思いながら俺はタバコの火を消した。
 性別も年齢も超えて新しい火は着いたのだ。
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