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3巻

3-2

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「相手は奴隷商人。武装している男が一人いた。倒すことはできるけど、どうしよう……このままガロくんを連れて帰っても、ガロくんを目的としているならまた誘拐しに来るだろうしなぁ」

 どうするのがいいのか考えていると、フォンガ車が引き返してきた。
 木の後ろにいる倉野とガロを見つけられないディルクたちはそのままバンティラスのほうへ向かう。

「どうするかはともかく、奴らを追いかけてみるか……」

 そう言って倉野は普通のスピードで警戒しながらバンティラスのほうへ向かった。
 ガロを抱きかかえながら小走りする倉野。
 奴隷商人が認められている世界なら、それを罪に問うことはできないだろう。
 しかし、ガロを無理やり誘拐したのならそれは罪になるかもしれない。
 だが、ガロは孤児だ。その立場は圧倒的に低い。
 このイルシュナという国は資金力と権力が比例する。
 つまり、ディルクの罪を裁くにはそれ以上の権力が必要なのだ。
 このままディルクを倒しても意味がない。
 いっそのこと息の根を止めてしまえばいいのだが、他者の命を奪うという発想は倉野にはなかった。
 そう考えながら走っていると、バンティラスの街目前でフォンガ車が停止しているのが見える。

「なんで止まってるんだろう。もしかして戻ってくるのか?」

 そう呟きながら倉野が目を凝らすと、フォンガ車の横で先ほどの武装した男が剣を構えていた。
 そしてその横には商人風のディルクと思われる男。
 その二人と向き合うように誰かが立ちはだかっている。

「そういえばさっき……」

 倉野は先ほど食堂でアンナに言われた言葉を思い出した。
 すぐ他の人に追いかけさせるから、と彼女は言っていた。
 状況から考えれば追いかけてきた人がディルクたちに遭遇そうぐうしたのだろう。
 隠れながら少しずつ近づく倉野。
 徐々に立ちはだかっている者の顔が見えた。

「あ!」

 思わず倉野は声を上げてしまう。
 その者に見覚えがあったからだ。
 倉野の声に反応したディルクが振り返りガロの姿を確認する。

「そこにいたのか! いけぇ、あっちだ」

 ディルクは隣にいる武装した男にそう指示した。
 男はすぐに振り返り、倉野目掛けて走ってくる。
 ガロを抱きかかえたまま倉野はその男を受け流すようにかわした。

「ちょ、ちょっと待ってください」

 そう言った倉野の言葉を聞かずに、再び男は倉野に向かってくる。
 しかも今度は剣を構えていた。
 このままではキリがない、と倉野は男のあご目掛けて蹴りを放つ。
「体術」スキルを持っている倉野の蹴りは男の顎先に命中し、男は意識を失った。
 そんな倉野の様子を見て慌てるディルク。

「な、何が起きたんだ」

 もう一人、ディルクたちと対峙たいじしていた男は倉野の顔を確認すると安堵したような表情を浮かべた。

「顎の先を攻撃されると脳みそが揺れて気を失う……だったっけ? クラノ」

 男はそう言って口角を上げる。
 思わず倉野はその男の名前を呼んだ。

「ダン!」
「よう。元気そうだし、相変わらずトラブルに巻き込まれてるな相棒」

 その男はエスエ帝国で倉野と少しだけ一緒に過ごしたダンである。
 彼は行商人をしており、エスエ帝国には薬を買い付けに来ていた。
 生まれつき心臓の弱い妹を救うために、彼はその薬を手に入れ、イルシュナへと帰っていったのである。
 ダンとの再会に倉野は笑顔を浮かべてしまった。

「ダンも元気そうですね」
「ああ、かなり元気だぜ」

 そんな二人の会話を聞いていたディルクが激昂げっこうする。

「貴様ら、私を無視して何を話しておるんだ! ふざけるなっ!」

 そんなディルクのほうを見て倉野はダンに相談した。

「どうしましょう。このガロくんを誘拐したのはこの人っぽいんですけど、僕が攻撃しちゃうと問題になりませんかね?」

 倉野がそう言うとダンではなくディルクが口を挟む。

「私に牙をくということは、イルシュナ全体を敵に回すということだぞ! 私はグレイ商会にも顔が利くんだからな!」
「って、言ってるんですよね」

 そう倉野が付け足すとダンは笑った。

「なーに言ってるんだよ。グレイ商会がお前みたいな小悪党相手にするか。大丈夫だクラノ。こいつも気絶させて国軍に突き出せば解決だ。こいつ程度では罪をなかったことにはできないぜ」

 ダンにそう言われた倉野は頷き、ガロを抱きかかえたままディルクに駆け寄る。
 先ほど武装した男が一撃で倒された瞬間を見ていたディルクはおびえた表情を浮かべた。

「や、やめ、やめるんだ!」
「無理です」

 倉野は再び顎先に蹴りを放つ。
 倉野に顎先を打たれたディルクは意識を失い、その場に崩れ落ちた。
 倒れ込んだディルクを見下ろしダンは倉野に語りかける。

「何がどうなってこうなったんだ?」

 問いかけられた倉野はこれまであったことをダンに説明した。


「容器を発見しただけでガロが誘拐されたことに気づいたのか?」

 ダンにスキル「説明」を教えていなかった倉野は少し考え、答える。

「僕のスキルで何があったかわかるんですよ」

 これまで倉野は自分のスキルについて明かす相手を慎重に選んできた。
 明かさないといけない場面、状況を考え明かしてきたつもりである。
 それは自分が厄介ごとに巻き込まれないための警戒であり、周囲を倉野という異質な存在に巻き込まないための気遣いでもあった。
 そのため、ダンにも話していなかった倉野。
 すべてを話す覚悟で話したのだった。
 しかし、ダンはそれ以上追究してこない。

「へぇ、そうなのか。まぁ、それでガロが救えたんだし助かったぜ」

 ダンはそう言って微笑む。
 倉野は頷き、説明を続けた。

「なんとか追いかけて、ガロくんを取り戻したんです。その後、身を隠してたらディルクたちが街に戻ったので、僕も戻ってきたって感じです」
「そしたら俺がいて、思わず声を上げてしまったってわけか?」
「そうです。ダンのほうはどうしてここに?」
「俺か? 俺は元々、バンティラスの生まれなんだ。そんでさっきアンナにガロが誘拐されたって聞いてな」

 ダンはそう言ってガロを指差す。
 それからダンは倉野と別れてからの説明を始めた。
 船でイルシュナに戻ったダンはスロノスにいる妹のもとへ行った。
 バンティラスの生まれだが、妹の病状が悪化してからはスロノスに移り住んでいたらしい。
 そして、手に入れた薬により妹の心臓は回復に向かった。
 しかし、妹の体調が完全に回復したわけではない。
 そこでダンはイルシュナから離れずに仕事をするべく、漁師を始める。
 元々住んでいたバンティラスのいろんな店に魚を卸し生活をしているらしい。
 そして今回、幼馴染みのアンナから、ガロが誘拐され、一人で追いかけていった者がいると聞き、走ってきたのだった。

「なるほど。じゃあ、食堂のお客さんが言ってたアンナさんの恋人ってダンだったのか」

 話を聞いた倉野がそう言うとダンは慌てて否定する。

「ば、馬鹿野郎。そんなんじゃねぇよ。ただの幼馴染みだ」
「おや、そうなんですか?」

 そう言って倉野は口角を上げた。

「ニヤニヤすんな!」

 倉野の表情に文句をつけながら、ダンはディルクたちが乗っていたフォンガ車の中を探る。
 フォンガ車の中にあったロープを取り出すダン。
 そのロープでディルクたちを縛り上げ、フォンガ車に乗せる。

「さっさと、バンティラスに戻ろうぜ」

 ダンはそう言ってフォンガ車に乗り込んだ。
 倉野はガロを寝かせるようにフォンガ車に乗せ、自らも乗り込む。
 それからダンはフォンガ車を走らせ、そのまま食堂に向かった。


 ◇


 食堂で倉野を降ろすと、ここで待っててくれ、と言い残しダンはどこかへと向かう。
 降ろされた倉野は指示通り食堂へと入った。

「おお、アンタ。無事だったか!」

 倉野が食堂に入ると、店主がそう言って倉野を迎える。
 先ほどまでにぎわっていた食堂だが、他の客の姿はない。
 倉野を迎えた店主はすぐさまアンナを呼んだ。

「アンナ! さっきのお客さんが帰ってきたぞ!」

 店主がそう叫ぶと、店の奥からアンナが慌てて出てくる。

「おいおい、慌てると危ないぞアンナ」

 転びそうになりながら走ってきたアンナに店主がそう言うと、彼女は少し恥ずかしそうにした。

「だって、話が聞きたかったんだもん」
「だとしてもだ。嫁入り前の女が恥ずかしいったらありゃしねぇ。そんなことじゃダンに愛想尽かされちまうぞ」

 そう言って店主がアンナを茶化すと、アンナは頰をふくらませる。

「もう、お父さん! すみません、恥ずかしいところを見せてしまって」

 アンナは倉野にそう言って頭を下げた。
 店主は笑ってから倉野に語りかける。

「そういえば、アンタ……えっと?」
「あ、倉野です」

 察した倉野が名乗ると店主はさらに言葉を続けた。

「俺はガブリだ。ところでクラノさん、ガロはどうなったんだろうか? ダンという男が一人向かったと思うんだが」
「えっと、ガロくんは取り戻せました。奴隷商人が乗っていたフォンガ車でここまで戻ってきたんですが、ダンにここで待っているように言われ、降りたんです」
「そうだったのかい! 本当に良かった……ありがとうな!」

 店主ガブリはそう言って倉野の手を摑む。
 力強く握られた手からは感謝の念が伝わってきた。
 話を聞いていたアンナも倉野の手を摑み頭を下げる。

「良かった……ガロもダンも無事なんですね。ありがとうございます」

 二人の感謝を受けて少し照れ臭い気持ちになる倉野。
 詳しい説明を求められるのかと思っていた倉野だったが、二人はガロが無事だったことで安心したらしく深くは聞いてこなかった。
 ひとしきり感謝したところでガブリが思い出したかのように口を開く。

「ああ、そうだ。ダンが戻ってくるまでここにいてもらうんだったな。酒を出すからゆっくりしててくれ」

 そう言ってガブリは厨房に向かった。
 アンナは倉野を席へと案内する。

「じゃあ、クラノさん、ここに座って待っててください」
「いいんですか?」
「もちろんですよ」

 そう言ってからアンナは厨房に戻り、酒の注がれたグラスを持ってきた。

「どうぞ! 葡萄ぶどう酒です。あ、お酒は飲めますか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

 そう言われて渡されたグラスには赤黒い液体が入っている。
 まさしく倉野が知っている葡萄酒。ワインだった。
 葡萄の香りとたるの香りがグラスから溢れている。

「じゃあ、いただきます」

 そう言って倉野が葡萄酒を口にすると、葡萄の酸味と奥深い甘味、アルコールの強さが口に広がった。
 倉野が知っているワインとは似て非なるものだったが、これはこれで美味しい。

「これは、美味しいですね」

 そう倉野が言うとアンナは得意げな表情を浮かべる。

「でしょう? この葡萄酒はとっておきなんです。特別な時に飲むものなんですよ」
「そんな大切なものを飲ませてもらって良かったんですか?」

 そう問いかける倉野。
 するとアンナは優しく微笑んだ。

「だって、ガロと……ダンの恩人ですから」

 そう言ってからアンナは厨房に戻る。
 倉野は葡萄酒を一口一口大切に味わいながら飲み、ダンが帰ってくるのを待った。


 しばらくするとアンナが再び厨房から現れ、倉野に料理を提供する。
 先ほどの焼き魚が机の上に置かれた。

「どうぞ。お酒だけだと悪酔わるよいしてしまいますから」

 アンナにそう言われた倉野はお礼を言い、焼き魚を口にする。
 白身の魚と葡萄酒がそれほど合うわけではなかったが、一つ一つはとても美味しい。
 文字通り魚をさかなに飲んでいると店の扉が開いた。
 倉野が振り向くとダンがガロを抱きかかえて立っている。
 すぐさまダンの名前を呼ぼうとした倉野だったが、その横をアンナが走り抜けていった。

「ダン!」

 彼女はそう叫びながらダンに抱きつく。
 抱きつかれたダンは体勢を崩しそうになるが、なんとか踏ん張った。

「あ、危ないだろ、アンナ」
「だって心配だったんだもの」

 アンナはそう言ってダンから離れる。
 まるで青春映画を見せられているようだ、と倉野は苦笑いしながら見ていた。
 するとダンはゆっくりとガロを机に寝かせてから微笑む。

「なんとかガロも取り戻し、奴隷商人ディルクも国軍に突き出してきた。もう大丈夫だよ」

 ダンの言葉を聞いたアンナはため息をついた。

「だってダンはすごく弱いんですもの。追いかけてくれと頼んだのは私だけど……」
「確かに弱いけどもっ! 最悪の場合には全裸で土下座しようと思ってたけどもっ」
「かっこわるっ」

 アンナはそう言ってダンを笑う。
 だがそれは嘲笑ちょうしょうではなく安心によるものだろう。
 帰ってきてくれて良かった、とその笑顔が語っていた。
 ダンはアンナの頭を優しくでると倉野に歩み寄る。

「よう相棒」
「見せつけてくれますね、ダン」

 そう言って倉野とダンは改めて再会を喜んだ。


 その様子を見ていたアンナは首を傾げる。

「あれ? ダンとクラノさんは知り合いなの?」

 アンナの問いにダンが答えた。

「ああ、エスエ帝国でちょっとな」
「どうせダンが助けられたんでしょ?」

 アンナはそう言って再び笑う。
 その笑顔を見ながらダンは頷いた。

「その通りさ。クラノには向こうで護衛を依頼したんだ。クラノがいなければイルシュナに戻ってこられなかったかもしれない」
「何度も助けられたのね」

 ダンに対してアンナはそう言う。
 その後ダンは倉野に顔を向ける。

「そう、何度もクラノに助けられた。こんなことを頼むのは厚かましいとわかっているんだが、もう一度助けてくれないか」

 そう言いながらダンは倉野に頭を下げる。
 すると倉野は口角を上げ、その言葉に答えた。

「相棒……じゃなかったんですか? それに全裸で土下座するダンは見たくないですし」

 確かに厄介ごとに巻き込まれたくないと思っている倉野だが、自分を相棒と呼び友情を感じてくれている相手を見捨てるほど薄情でもない。
 ダンが困っているのなら助けたい。
 心からそう思っていた。
 倉野の言葉を聞いたダンは礼を言う。

「ありがとう、クラノ」
「で、何があったんですか?」

 倉野が問いかけるとダンはガロを指差した。

「ガロの件なんだ」
「ガロくんの?」

 そう倉野が聞き返すと、ダンは説明を始める。

「奴隷商人ディルクがガロを誘拐したのは偶然ではないんだ」

 ダンはそう言い放った。
 確かに、なぜガロが誘拐されたのか倉野は知らない。
 奴隷商人が奴隷にするために孤児を誘拐したのだろう、と推測していたくらいだ。
 この口ぶりではそうではないのだろう。
 倉野はダンの言葉に聞き返す。

「偶然ではない……とは?」
「ガロはとある方の隠し子なんだ。その情報が流れ、ガロは狙われた」

 そう話すダンの語調はこれまでにないくらい真剣だった。
 とある方、とダンが隠すような言い方をするのは、話せない理由があるからだろうか、と倉野は考察する。
 深掘りをしないように倉野は話を聞く。

「孤児じゃなかったんですね?」
「隠し子だったからな。その立場や政治的要因からガロのことを公にするわけにはいかなかったようだぜ。しかし、最近事情があって、ガロを迎えに行くことになっていた。その途端とたんにガロが誘拐され奴隷として闇にほうむられようとしていた。そう考えればこれは偶然ではないだろうな」
「存在が認められないから孤児院に入れられてたってことですか?」

 倉野が問いかけるとダンは辛そうに頷いた。
 大人たちの事情で孤児として育てられ、また大人たちの事情で迎え入れられようとし、さらにそれによって誘拐され奴隷にされそうになっていた。
 表情から察するにダンもそれを良しとはしていないようである。
 倉野の質問にダンは答えた。

「そう……それに関しては俺だって胸糞悪いさ。しかし、ガロが誘拐されるとなれば見逃すわけにはいかない。だけど、知ってるだろ? 俺の弱さは」
「まぁ、はい」
「ガロを守ってスロノスまで届けなければならない。それを手伝ってほしいんだ」

 そう言ってダンは倉野の目を見つめる。
 聞きたいことはいろいろあるが、それに関しては後からスキル「説明」を使えばわかることだ、と倉野は頷く。

「護衛すればいいんですね?」
「ああ。頼めるか?」
「事情を知ってしまった以上、断れないでしょう」

 倉野がそう言うと、ダンは表情に明るさを取り戻した。

「感謝するぜ、クラノ」

 ダンはそう言って倉野の手を握る。
 そんな様子を見ていたアンナは心配そうに口を挟んだ。

「大丈夫なの? 危ないんでしょ?」

 そう言われたダンは心配をかけまいと笑顔を見せる。

「心配すんな。俺一人なら無理だったけど、クラノがいるからな。俺百人分くらいは強いぜ」
「ゼロをいくつ並べてもゼロよ?」
「そりゃないぜ、アンナ」

 ダンはそう言って苦笑した。
 目の前でイチャイチャしないでもらってもいいですか、と倉野は心の中でつぶやく。

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