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3巻

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 1


 倉野くらのが、レオポルトが泊まっている宿を出たのはまだ昼前であった。
 まだまだ日暮れまで時間はある。
 次の街に向かうには十分だ。
 携帯用の食料を買ってから、倉野はルーシアの街を出る。
 地図で確認したところ、ルーシアから西に向かうといくつかの村があり、その先にイルシュナ国最大の街スロノスがあった。
 ひとまず倉野はスロノスを目指す。

「かなり中途半端なところで出てきちゃったけど大丈夫だよね、ツクネ」

 歩きながら倉野はツクネに話しかけた。
 かばんから頭だけ出しているツクネは、心地よい揺れを感じながら倉野の話を聞いている。

「クー?」
「あれ以上首を突っ込むと、ずっとルーシアにいることになるからね。それにレオポルトさんとジェイドさんがいるんだからいいようにしてくれるさ」
「クー!」

 周りから見れば独り言に見えるのだろうか。
 しかし倉野にとってツクネは唯一の話し相手だった。

「とりあえず今日は日暮れまでに、小さな村にたどり着こうな、ツクネ」
「ククー」

 なんでもない話をしながら西へ西へと進む倉野とツクネ。
 平和なひと時を楽しんでいた。
 思い返せば行く先々でトラブルに巻き込まれている。
 街に行けば問題が起こり、道を歩けば誰かが襲われていたのだから景色を楽しむ余裕すらなかった。
 街と街をつないでいる道は石畳で舗装されているが、それ以外は自然が残りなんとも幻想的な風景を作り出している。
 景色を楽しみながらしばらく進むと前方に白い煙が見えた。

「お、煙だ。村が近いのかもしれない」

 そう言って倉野が目をらすと、木製の塀のようなものが見える。
 その塀がぐるりと村を囲み、魔物や盗賊の侵入を防いでいるのだろう。
 木製の塀で防ぎ切れるとは思えないのだが、この辺りは治安がいいのだろうか。

「今日はあそこに泊まろうな」

 倉野はツクネにそう伝えてから歩を進める。


 村に近づくと塀の一部が門になっているのがわかった。
 門の前には槍を持った兵士の男が立っている。
 兵士は倉野に気づくと話しかけてきた。

「ん? 冒険者か?」
「はい。ルーシアからスロノスに向かっている途中なのですが、この村に宿泊したいと思いまして」

 倉野がそう言うと兵士は笑う。

「はははっ、そりゃそうだ。ここはスロノスとルーシアの通り道だからな。村の名前すら『道』を意味するオドス村というくらいだ」
「ここはオドス村というんですね。確か地図にも名前は載っていなかったような」
「ああ、小さな村だからな。でも冒険者用の宿はあるぜ。冒険者も商人もここを通り道にしているからな」

 兵士はそう言って村の中心を指差した。

「ここを真っ直ぐ行くと村で一番大きな建物がある。そこが宿さ」
「ありがとうございます」

 倉野は兵士に感謝を伝えて、村の門を通り抜ける。


 オドス村は真ん中に大通りがあり、その左右に民家や店が並んでいた。
 そしてその先に大きな宿があり、それを越えて進むと反対側の門にたどり着く。
 通り道の村であるというだけあって、大通りは綺麗きれいに舗装されているが、それほど栄えているという印象は受けない。
 ここを目的地とすることはないんだろうな、というような村である。
 しばらく進み、宿に到着した倉野は受付を済ませ、今夜泊まる部屋に向かった。
 部屋に着くと、買っていた食料の中から干し肉を取り出しツクネのご飯にする。
 倉野は宿の食堂で晩ご飯を済ませると、時間は早いが休むことにした。
 寝る前に改めて地図を確認する倉野。
 このオドス村の次も小さな村があり、その先に少しだけ大きな街がある。そしてそのさらに西にスロノスというイルシュナ最大の街があるのだ。
 これからの道順を確認した倉野はゆっくりと眠りにつく。


 翌朝、朝日の明るさで目を覚ました倉野は宿の食堂で朝食を食べ、スロノスに向け出発した。
 入ってきた時と反対側からオドス村を出る倉野。
 またそこから西に道は続いている。

「まだまだ、遠いな。村があって、街があって、その次がスロノスか……」

 歩く距離の長さについ心の声を漏らしながらも倉野は歩を進めた。
 次の村カリディアまでは一日かかり、一泊。
 その次の街バンティラスまでさらに一日。合計二日かけて倉野はスロノスの手前のバンティラスまでやってきた。
 バンティラスからスロノスまでは地図で見る限り半日かかる距離である。
 バンティラスで一泊して朝出れば、明日の昼過ぎにはスロノスに到着する予定だ。
 他の街と同じようにバンティラスも石の壁に囲まれており、その全体は円形になっている。
 街の建物のほとんどが煉瓦れんがでできており、ルーシアの街によく似たつくりだった。
 バンティラスの入り口に立っていた兵士に宿の場所を聞いた倉野はそのまま宿に向かう。
 その途中、美味しそうな匂いに誘われた倉野は宿の近くの食堂で足を止めた。

「いい匂いがするなぁ。そういえば前の村で食料を買えなかったから昼ご飯食べてないんだった。宿に行く前にここで食べていこうかな」

 倉野がそう独り言をつぶやいていると、背後から若い女性が話しかけてくる。

「あれ? お客さんですか?」

 女性は両手いっぱいに荷物を抱えていた。
 どうやらこの店の従業員らしい。
 いきなり話しかけられ驚きながらも倉野は返事をする。

「え、あ、はい。ちょうどいい匂いがしたので、ご飯にしようかと思いまして」
「それはいい鼻をしてますね。うちのご飯は美味しいですよ? 何せバンティラスで一番の食堂ですからっ!! ささ、どうぞどうぞ」

 女性はそう言って倉野を中へと案内した。


 店の中に入ると店主らしき男が奥から話しかけてくる。

「いらっしゃい! テキトーに座ってくれ」

 男性は店の奥にある厨房で料理をしていた。
 店の中はそれほど広くなく、机が四つ並んでいるくらいである。
 そしてそのほとんどが客で埋まっていた。
 倉野は空いている席を探してそこに座る。
 少し待っていると先ほどの女性が注文を受けにやってきた。

「お待たせしました。ご注文は?」
「えーっと何がありますかね?」

 そう倉野が聞き返すと女性は微笑ほほえんで答える。

「食事ですとお肉か魚の定食が選べますよ。お酒を飲むなら、飲みたいものを言ってもらえればあるものでなんとかします」
「じゃあ、魚の定食をお願いします」

 倉野がそう言うと女性は感心した顔をした。

流石さすがですね、お客さん! ここの名物は焼き魚なんです。契約してる漁師さんから直接納品してもらっていて、とても新鮮なんですよ」

 女性がそう言うと、倉野の隣で食事をしていた別の男性客が笑う。

「はははっ。始まったな、アンナの魚自慢。確かにここの魚は絶品だ。なんたってアンナの恋人が獲ってきてるんだからな」

 女性はアンナという名前らしい。
 そう言われたアンナは赤面しながら言い返した。

「もう、そんなんじゃありませんってば。えっと、じゃあ、魚の定食をお持ちしますね」

 アンナはそう言って厨房のほうに戻っていく。
 注文を終えた倉野が料理を待っていると、先ほどの客が話しかけてきた。

「お兄さん、ここは初めてかい?」
「え? はい。バンティラスに来るのも初めてなんです」

 倉野はその客にそう答えると、客はさらに質問を続ける。

「そうなのか。じゃあ、スロノスに向かってるってところかな」
「そうなんです。ルーシアから来たんです」
「東のほうから来たのか。スロノスへは何しに行くんだい?」
「特に目的があるわけではないんですけど、世界中を巡ってまして」
「旅商人か何かなのかい?」

 そう問われた倉野は、自分は何者なんだろうと考える。
 冒険者兼商人として登録しているが、売ったものといえば自分が着ていた元の世界の服くらいで、商人と言えるかどうか微妙だ。
 それではただの旅人になってしまう。
 無職の旅人……それではただの流浪人ではないか。
 旅商人でいいか、と倉野は頷く。

「はい。一応商人です」
「一応? まぁ、旅をしている商人にもいろいろいるもんな。仕入れに商品ルートの開拓、支店の場所探し。世界中を巡るとなると大変だな。あ、だが、スロノスにはイルシュナ最大の商会があるから、揉めないように気を付けるんだぜ」

 そう言われた倉野はすぐにグレイ商会のことを思い出した。

「グレイ商会ですよね」
「お、やっぱり商人ともなると他の地域の商会のことを知ってるんだな」

 客にそう言われた倉野はグレイ商会について思い出す。
 イルシュナ最大の商会であるグレイ商会はイルシュナ国内にて強大な権力を持っている。
 その一存で国軍を動かせるほどで、実際にグレイ商会の令嬢、ミーナ・グレイが殺害された際には国軍をビスタ国に向けて出撃させた。
 この客が言うには、スロノスという街はグレイ商会の本部があり、街を取り仕切っているらしい。
 倉野は今度こそ面倒ごとに首を突っ込まないように気を付けようと心の中で誓った。


 そんな話をしていると倉野の目の前に食事が運ばれてきた。
 アンナは運んできた食事を机に並べる。
 焼いた魚と野菜が入ったスープ、サラダを順に机に並べたアンナは得意げに微笑んだ。

「はいどうぞ! 魚の定食です!」

 定食と言われ、お米とおかずのセットを想像していた倉野は少し戸惑ったが、こちらの世界ならばこういうものかと受け入れる。

「ありがとうございます」

 倉野は礼を言って食べ始めた。
 用意されたフォークとスプーンで食事を味わう倉野。
 アンナがお勧めするだけあって、とても美味しい。
 魚は程よく脂がのっており、旨味が溢れ出してくる。塩だけで味付けされているのだが、魚自体の旨味を塩が引き出し、これ以上ないご馳走ちそうになっていた。
 スープは野菜の甘味が溶け出しており、塩味の魚によく合う。
 サラダも野菜の新鮮さがわかる。

「めちゃくちゃ美味しいです」

 倉野がそう伝えるとアンナは嬉しそうに笑顔を浮かべた。

「でしょ? お父さんはバンティラスで一番の料理人ですからっ」

 そう言ってアンナは厨房の店主らしき男性を示す。
 親子なんだ、と思いながら倉野は食事を続けた。
 倉野が最後の一口を食べようとした瞬間、店の扉が開く。

「いらっしゃい」

 扉が開いた音に反応して店主が挨拶をするが、入ってきた者を見て言葉を止めた。
 入ってきたのは十歳くらいの少年である。
 お世辞にも綺麗とは言えない服装をしており、店の客ではないことがわかった。
 しかし店主はそんな少年を嫌がるどころか、微笑む。

「よう、ガロ。いつものだろ?」

 ガロと呼ばれた少年は頷いた。
 店主は厨房にあった容器を持ってガロに近づき手渡す。
 それを受け取ったガロは笑みを浮かべて頭を下げ、そのまま店を出た。
 食事を終えた倉野がその様子を不思議そうに見ていると、アンナが近づいてきた。

「あの子は近くの孤児院の子なんです。孤児院の経営は子どもたちが周辺の軽作業をしたり、物作りをして売った利益でなんとか成り立っているのですが、満足のいく食事はできないようなので、うちの店から少しですが食事を提供しているんです」

 アンナの話を聞き納得したように頷く倉野。

「なるほど、そうだったんですね。いい人なんですね、店主さんもアンナさんも」

 倉野がそう言うとアンナは照れ臭そうに微笑んだ。
 すると先ほど話をしていた隣の客が話を付け足す。

「アンナの恋人も孤児院に寄付してるんだよな。本当、いい男だよ」
「へぇ、そうなんですか?」

 倉野がそう聞き返すと客はさらに話を続けた。

「ああ。そういえばちょっと前までイルシュナを離れてたって言ってたな。最近こっちに帰ってきたとか。そうだったよな? アンナ」

 客がそう言うとアンナは頷く。

「はい。ちょっと事情があって離れてたんですけど、少し前に帰ってきてくれたんです。って、恋人じゃないですってば。幼馴染おさななじみというか……」

 聞きながら倉野は甘酸っぱい気持ちになった。
 話が終わった倉野は会計を終え、店を出る。

「また来てくださいね!」

 店の外まで見送りに来てくれたアンナは倉野に向かってそう言った。
 愛想もよく元気に働くアンナはとても輝いて見える。
 倉野は一礼し、店をあとにした。


 食堂を出た倉野は宿へと向かう。
 宿までの道中、少し細い道に入る倉野。
 するとそこに見覚えのある容器が落ちており、中身の料理が散乱していた。

「これは……さっきの?」

 倉野はそう呟く。
 考えるまでもなく、先ほどの少年ガロに何かが起きたのだろう。
 すぐにその容器を拾い上げた倉野は、スキル「説明」を発動させる。

「スキル『説明』発動。対象は、ガロに起きていること」


 【ガロに起きていること】
 現在誘拐されている。誘拐しているのは奴隷どれい商人ディルク・ボーン。


 表示された文字を読んだ倉野は一瞬言葉を失った。
 奴隷商人に誘拐された、ということはどこかに売られてしまうことを意味している。
 すぐさま倉野はさらなる説明を求めた。

「くそっ、これは関わりたくないとか言ってられないぞ! スキル『説明』発動。対象はガロの現在地」


 【ガロの現在地】
 バンティラスの街中、西方地区を西に向け移動中。


「西方地区を西に向け移動中か……ってことはこの街から出て、スロノスのほうに向かおうとしてるのか? どうする……とにかくさっきの店に話して、追いかけよう」

 そう決めた倉野は容器を持ったまま、先ほどの食堂へと走った。


 食堂までたどり着いた倉野は勢いよく扉を開ける。

「いらっしゃい、ってアンタか。忘れ物か何かかい?」

 再びやってきた倉野に店主はそう問いかけた。
 倉野は呼吸を整えながら首を横に振る。

「違います、これ!」

 そう言いながら先ほどの容器を掲げた倉野。
 するとアンナが倉野に駆け寄った。

「それ、ガロに渡した容器じゃないですか?」

 問いかけられた倉野は頷き答える。

「その通りです。どうやら誘拐されたようでして」
「えっ?」

 信じられないというような表情で聞き返すアンナ。
 急いでいる倉野はお構いなしに話を続ける。

「とにかく僕は追いかけます! スロノス方面に向かっているみたいなので」

 そう言ってから、扉を出ようとする倉野にアンナが慌てて言葉をかける。

「すぐに他の人に追いかけさせるので無理をしないでくださいね」
「大丈夫です!」

 倉野はそう言い放ってから扉を出た。
 西に向かって走りながらスキル「神速しんそく」を発動する倉野。
 その瞬間から倉野は光よりも速く動き、相対的に周囲の時間が止まったように感じる。

「どこだ……」

 走りながら倉野は周囲を見渡した。
 誘拐しているのだから、周りからは見えないようにガロを隠しているだろう。
 大きな荷物を持った者がいないか確認しながら進む。
 しばらくすると、街の最西端にたどり着いた。
 ここまで誘拐犯らしき者を見つけられなかった倉野は、そのまま街を出る。
 街を出ても西に向かい走る倉野。
 すると前方にフォンガ車が見えた。こちらの世界で馬車代わりにされているものである。

「あれかっ!」

 倉野はそのままフォンガ車に向かい、車の扉を開けた。
 するとそこには縄で縛られたガロが気を失い横たわっている。
 中には武装した男一人と商人風な男が一人おり、談笑している瞬間だったようだ。

「良かった。正解だ」

 そう呟きながら倉野はガロを抱きかかえ、車を出る。
 フォンガ車から少し離れた場所で倉野はスキル「神速」を解除した。
 すると世界の時間は動き出す。

「大丈夫かい! ガロくん!」

 気を失っているガロに語りかける倉野。
 目立った外傷はないが、反応がないので倉野はガロの呼吸を確認する。
 問題なく呼吸をしていたので倉野はひとまず大丈夫だと安堵あんどした。

「呼吸はしてるな。怪我もなさそうだ」

 倉野がそう呟いていると、少し離れた場所で叫ぶ声が聞こえる。

「探せぇ!」

 声から察するに、ガロが突然消えたため奴隷商人のディルクが叫んでいるのだろう。
 慌てて倉野は木陰に身を隠した。
 隠れながら倉野はこれからどうすべきか考える。

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