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誘い水、防ぐ氷

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 またとない好機だと心が跳ねた。決して表情には出さないように耐える。いわゆるポーカーフェイスを貫き、倉野は『追い詰められた弱者』を装った。
 打つ手がない、と言わんばかりに一歩退きながら、ディションに疑う余地など与えず倉野はスキルを発動する。相手に聞こえないほど小さな声で唱えた。

「スキル『神速』発動」

 発動と同時に目の前のディションは剣を振り上げた状態で停止する。
 倉野は即座に背後に回り込み、拳を握り締めた。

「あっけないけどこれで終わりだ! スキル『神腕』発動!」

 そのまま倉野は拳をディションの背中に叩き込む。全てを破壊する攻撃が最も重要な戦いを早々に終わらせた。
 そう倉野は確信する。
 だが、そんなに甘いはずがない。そんなに簡単に終わるはずがない。今、倉野の目の前にいるのは、戦いの中で人を殺すために貴族という地位を捨てた男。戦いに命をかけている男である。
 彼にとって『死』とは『楽しみを失うこと』だ。
 ディションは『世界最狂』と言われるような男だが、冷静さを失い命を惜しまず暴れ回るような狂い方をしているわけではない。『次も楽しむ』ために万が一にも負けるような行動は取らないのだ。たとえ油断しているように見えたとしても。
 倉野が放った渾身の一撃は、ディションの背後に展開された氷の壁によって跳ね返された。

「ぐあああああ!」

 反転された衝撃によって倉野は後方に吹き飛ばされる。その目に映ったのは、拳から噴き出る倉野自身の血液だった。皮膚が破れ、肉が剥き出しになっている。
 スキル『苦痛軽減』を倉野が有しているとしても、あまりに耐え難い痛みだ。
 気を失いかねない痛みに集中力を削がれた倉野はスキル『神速』を解除してしまう。
 その瞬間、ディションは迷わずに振り向き、地面に投げ出された倉野を見下ろした。

「おいおいおい、やっぱり隠してやがったか。テメェよぉ」

 どうやらディションは倉野が何かを仕掛けると気づいていたらしい。その上で背後に防御魔法を発動していた。

「どうして」

 ジクジクと痛む拳に耐えながら倉野が疑問を言葉にすると、ディションは嘲笑うように答える。

「ああ? おいおいおいおい、聞いたら何でも答えてくれると思ってんのか? 俺ぁ優しいから答えてやるけどよ。そもそもテメェが現れた瞬間から、不自然だったろう。気配もなく突然現れやがったなぁ、ありゃあ瞬間移動の類だ。それがテメェの奥の手だとするなら、俺が油断を見せりゃあ発動するはずだ」
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