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油断を欲す

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 だが、スキル『神速』なしの攻撃など簡単に通るわけがない。

「何だぁ? いきなり現れたからそれなりに速いかと思ったんだが、大したことねぇな。ありゃあ一発だけの魔法かなんかか?」

 ディションは倉野の攻撃に合わせて受け止めるべく手のひらを出す。
 その瞬間、倉野は計算通りだ、とほくそ笑んだ。発動しているスキル『神腕』は神の腕の如き破壊力を有する。倉野の体格や速度からは想像もできない攻撃力だ。片手で受け止められるものでは到底ない。
 それが世界に名を轟かせる傭兵だったとしてもである。

「ああ?」

 倉野の拳を受け止める間際、ディションは違和感を覚えた。勝ちを確信した表情を浮かべる倉野には何かがある、と判断した彼は防御ではなく回避に切り替えた。

「え?」

 攻撃をすかされた倉野は自分の勢いに押され、前転の要領で地面に転がる。

「うわっと」
「何かタネがありやがったな、テメェ。俺が受けることを見越して仕込みやがったか」

 ディションは振り返り、受け身を取って立ち上がったばかりの倉野に不気味な笑みを向けた。そこで倉野は『自分の表情からスキルの発動を察した』のだと理解する。
 ちょっとした表情も情報の一つ。ディションほどの傭兵であれば、見逃すはずもない。
 甘かった。複数の強力なスキルを持っているとしても、倉野自身は素人の一般人。自分の内側にも警戒しなければならない。

「表情も・・・・・・けど、回避したってことは・・・・・・」

 倉野はディションに聞こえない声で考えをまとめるために呟いた。
 回避をしたということは倉野に対して警戒心を抱いている証拠。
 しかし油断されている方が倉野にとって都合がいい。こちらの表情を読んでくるのならばそれを利用するまでだ。

「くそ!」

 倉野は大袈裟に悔しがりながら再び拳を握る。そのままディションの間合いに踏み込んだ。
 スキルは何も発動していない。

「ああ? その動きは何だよ、おい。さっきの動きとは別人じゃねぇか。くだらねぇな、おいおいおい。ど素人じゃねぇか!」

 ディションはそう吐き捨て、剣など抜くまでもないといった様子で倉野の腹部に蹴りを入れた。
 意識的にスキルを発動していない状態でも『苦痛軽減』を纏っている。大した痛みはないが衝撃までも消しきれず、倉野は背後に吹き飛ばされ背中から倒れた。

「ぐっ」
「ガードも出来ねぇ、受け身も取れねぇ。大して面白くもねぇしよ、もう死んどけやテメェ」

 言いながらディションは剣を抜く。彼は明らかに倉野を格下だと見定め、早々に決着をつけようとしていた。倉野が作り出した油断である。
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