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不満と落雷

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 暗闇の中、時間は一時間ほど進み、倉野は所定の位置について草陰に身を潜めている。その背後には数人のバレンドット兵がおり、不測の事態に備えていた。
 空には厚く黒い雲が浮かび、不穏さを表しているようにも感じる。

「そろそろか」

 倉野はそう呟き、肩からかけている鞄に目をやった。いつもは中でツクネが眠っているのだが、作戦のために別行動をしているためいない。いつもある重みがないだけで寂しく感じる。

「頼むぞ、ツクネ」

 離れ離れになった相棒に思いを馳せながら一人、倉野は拳に力を込めた。
 戦いが始まれば一瞬のうちにディションを叩かなければならない。スキルがあるとはいえ、相手は世界に名を轟かせる最悪の男。覚悟をしすぎるということはない。
 それにしてもこの世界は物騒だな、と改めて倉野は思い直す。

「もっと、こうスローライフ的な異世界があってもいいんじゃないの? なんで僕は戦いに明け暮れているの? 魔王的な存在がいて倒すならわかるけど、戦争だらけすぎない? 女神様は何してるの? 人間同士の戦いをほったらかしにしすぎじゃない? あるよね、もっとやりようが。ファンタジー要素を詰め込んだ世界を作ったって言うけど、もっとほんわかしたファンタジーにしてくれなかったのかな? なんで人間の欲望だけはリアルなんだよ。聞いてますか、女神様。放任主義にも程がありますよね。ご都合主義でいいから一気に解決してくれませんかね。世界から悪意を消してくれませんかね」

 溜まっていた不満を漏らす倉野。だが、人を『空気清浄機』呼ばわりする女神には届かない。
 そもそも世界は人の欲望によって進歩するものだ。欲望と悪意はある程度直結する。だが、世界を滅ぼすのも欲望の結果なのかもしれない。
 今、倉野にできることは目の前にいる守りたい人を守ること。そのために戦うことだけだ。
 不満を漏らすだけ漏らしてスッキリした倉野は再び空を見上げる。先ほどよりも厚くなった雲が、完全な暗闇を作り出していた。
 そしてその瞬間、その暗闇を切り裂くように一筋の光が発生する。雷鳴を轟かせ、倉野たちが目標としているゼット商会の本拠地に落雷した。
 
「来た!」

 この落雷が作戦開始の合図である。
 ノエルが数日間溜め続けた魔力を全開放した落雷魔法だった。青白い雷は大地を揺らし、古城周辺に炎を散らす。開戦の火だ。
 バレンドット及び倉野たちの連合軍とゼット商会の決戦が今始まる。

「行きますよ、ノエルさん!」
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