異世界で俺だけレベルが上がらない！ だけど努力したら最強になれるらしいです？

連載

幸せな睡魔

　部屋に戻った倉野は鞄からツクネを出して、ベッドに寝かせた。
　ツクネは少し眠そうに前足で顔を拭ってから倉野を見上げる。
　フェレッタであるツクネは一日のほとんどを寝て過ごすらしい。常に倉野の鞄の中で丸くなって眠っている。
　フェレッタの特性として人間の感情を読むことが可能であり、倉野の危険を察知すると顔を出すこともあった。アンゼロスでの戦いにおいても倉野を助けている。
　しかし、その後は消費した分のエネルギーを取り返すように寝続け、起きると食糧を求め始めるのだ。
　そんなツクネを理解していた倉野は先ほどシラムから干し肉を譲り受けている。
　倉野は手に持っていた干し肉を食べやすく千切るとツクネの口に持っていった。するとツクネは前足で器用に受け取ると美味しそうに頬張る。

「美味しいかい、ツクネ。そういえばいつも干し肉だな。何か食べたいものがあれば主張するんだよ」

　そう言い聞かせるとツクネは首を傾げてから干し肉を飲み込む作業に戻った。
　どうやらツクネにとっては干し肉以外に食べたいものなどないらしい。
　ツクネの気持ちを察した倉野は優しく頭を撫でてから微笑む。

「どうやら僕が思っているよりこの世界は広い。もしかするとどこかの国にはツクネにとって一番の好物になる食べ物があるかもしれないよ」
「クク？」
「これからの旅も楽しみだってことだよ。それにイスベルグさんから託された想いもある。僕の個人的な行動だから他の人を巻き込むわけにはいかないだろう？　その時はついてきてくれるかい、ツクネ」
「クク！」

　倉野はツクネの鳴き声から全ての感情を読み取ることはできない。声色と表情で肯定否定を察することで会話を繋いでいた。
　先ほどのツクネの返答は倉野の問いかけを全面的に肯定してくれていると分かり、思わず嬉しくなる。

「ありがとう」

　そう言いながら倉野はツクネを抱きしめた。
　ツクネはまだお腹が空いていたらしく少し迷惑そうに前足をバタつかせた後、諦めたように倉野に頬擦りする。
　倉野と共に過ごした時間でツクネも少し大人になりつつあるようだった。
　その後、抱きしめたツクネの暖かさ、ベッドの柔らかさが倉野を眠りへと誘う。
　一気に疲れが襲いかかり、意思とは関係なく瞼が落ちてきた。
　声も出さずにそのまま倉野はベッドに倒れ込む。

「クク？」

　食事の途中に抱きしめられたツクネは驚きながらも笑みのような表情を浮かべた。
　安心しきった寝顔。今のところその表情が向けられるのはツクネだけである。相棒というよりも家族に近い。
　それはツクネにとっても倉野にとってもかけがえのない存在である。
　ツクネは倉野の腕の中で満足そうな表情を浮かべ、口の中に残った干し肉を飲み込んだ。
　
「ククー」

　何かを言い残して倉野の腕の中から這い出てきたツクネは食事に戻る。
　濃縮された肉の旨味と幸せを噛み締め、食事を終えたツクネは倉野の顔の横で再び眠り始めた。