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戦闘服

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 倉野が着ているのはごく普通の服だ。それはこの世界の一般人として馴染むために購入したもの。どう考えても一国の皇帝の前に出ていい服装ではない。
 元の世界基準で言えば、首相に正式な呼び出しを受けているにも関わらず、寝巻きにしている母校の体操着を着ていく様なものだ。
 それが無礼であることは倉野にもわかる。
 倉野の言葉を聞くと、伯爵は軽く笑いながらレイチェルに話しかけた。

「ははっ、大丈夫だよ。レイチェル、例のものはお前に任せていたね。準備はできているかい?」
「はい、もちろんですよお父様。今持ってきますね」

 そう答えたレイチェルが立ち上がり部屋から出ていくと伯爵は倉野に視線をうくる。

「心配せずともクラノ殿が礼服など持っていないことはわかっていたよ。そしてこのような状況になることもね。もし、皇帝陛下に会うことを断られた場合にも貰ってもらおうと思っていたんだ。人間はどこまで行っても相手の大きさや見た目、肩書きで判断するものだからね。持っていて損はないはずだよ」

 寝起きの倉野には伯爵が何を言っているのかわからなかった。服の話から人が他人を判断する基準の話に繋がるのか、その答えは部屋に戻ってきたレイチェルの手の上に載っている。

「これは・・・・・・」

 レイチェルが持ってきたのは豪華に装飾されたこの世界の礼服だった。白を基調に金と赤の糸で飾っている。倉野がイメージする貴族の服そのものだった。
 倉野が驚いていると伯爵が優しく微笑む。

「どうかこれを受け取ってほしい。私個人としてはどのような服装をしていてもその人間の価値は変わらないと思っている。けれど、身につけているものがその人間を表すと思っている者がいるのも事実だ。それにそれ自体は大きく間違っていないんだよ。視覚が思考にもたらす影響は大きい・・・・・・つまり服装は自分がどんな人間かを表現する重要なものなんだよ」

 伯爵の言っていることはどんな世界にも通用する一つの事実だった。例えば初対面で呆れるほどボロボロな服を着て来る相手と重要な商談ができるだろうか。初めてのデートで清潔感もない汚れた服装で現れた相手に何も感じないだろうか。もちろん受け取り方には個人差がある。だがそこには一般的、常識的という言葉は存在するのだ。
 服装がその人の気持ちを一部表していることは間違いない。その場への情熱や誠意を表す一番分かりやすい方法だ。

「こんな豪華な服を頂いてもいいんですか?」

 倉野がそう聞き返すと伯爵はゆっくり頷く。

「ああ、もちろんだよ。クラノ殿のサイズに合わせてあるからね。それにその服はレイチェルが職人に作らせたものでね。クラノ殿を表すデザインにしてあるはずだよ」
「レイチェルさんが・・・・・・」

 呟きながら倉野が視線を送るとレイチェルは照れ臭そうに口を開いた。

「は、はい。誠実な白とそれに負けないほどの光を表す金、あとは主張しすぎない・・・・・・情熱の赤です」

 レイチェルの言葉を聞いた倉野は嬉しそうにその礼服を受け取る。

「そこまで言われたら頂かないわけにはいかないですね。ありがとうございます」

 礼服に視線を奪われた倉野には気づけなかったレイチェルの指先。細く白い左手人差し指の小さな傷に気づいたノエルがレイチェルに耳打ちした。

「赤は愛情の色じゃなかったかしら?」

 ノエルの言葉を聞いたレイチェルは赤の糸に負けないほど赤面し顔を伏せる。
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