上 下
392 / 729
連載

上からの命令

しおりを挟む
「ありがとうございます伯爵。その皇帝陛下に会うのはいつですか?」
「クラノ殿・・・・・・良いのかい?」
「はい。やっぱり緊張しますけど、全てを受け入れようと思います。伯爵に迷惑をかけるわけにもいきませんしね」

 少し照れ臭そうに倉野が話すと伯爵は倉野の手を包み込むように握り、感謝の意を表す。

「ありがとう、クラノ殿。いや、もちろんクラノ殿に断られたら命懸けで断ろうとは思っていた。けれど相手は皇帝陛下だからね、機嫌を損ねたらどうしようと内心ヒヤヒヤしていたんだよ。いやぁ、本当に助かるよ」
「会うだけですし、全然大丈夫ですよ。それで、会うのはいつですか? もしかして明日とか?」
「いや、できる限り早い方が良いと仰られていてね。可能なら今からでも」
「へ?」

 予想外の答えに驚く倉野。まさか今日、今すぐだとは思っていなかった。
 そこから伯爵が話を付け足したのだが、今回の事件を長引かせると国中に不安だけが広がってしまうと言う。罪人を罰するだけではなく、英雄として功労者を讃えることで民衆は安心するらしい。
 そのために今すぐにでも倉野を城に召喚する必要があった。
 伯爵の疲労度や表情から察するに、これまで何度も倉野を連れてくるように言われていたのだろう。
 自分よりも上の立場の者から何度も命令を受けながらも状況的に不可能だと報告し続けなければならない居心地の悪さからようやく解放される伯爵。
 その笑顔は素晴らしく軽やかな者であった。
 伯爵からの説明を受けた倉野は皇帝陛下に会うということの重大さをじわじわと理解し始め、緊張を感じる。

「皇帝かぁ・・・・・・僕の首一つくらい簡単に飛ばせてしまうんでしょうね」

 何気なく倉野が呟くとグランダー伯爵が首を横に振ってから笑みを浮かべた。

「そんなことないさ。クラノ殿の首が飛ぶ様な状況であれば、私の首も一緒に飛ぶからね。正確には二つくらい簡単に飛ばせる、だね」
「嫌な訂正の仕方ですね。それじゃあ、今から行きますか」

 そう言ってベッドから立ち上がろうとする倉野。その肩を支えながらレイチェルが問いかける。

「本当に大丈夫ですか? まだ、起きたばかりじゃないですか。お父様はああ言っていましたけど、今すぐじゃなくても・・・・・・」

 倉野の体を気遣うレイチェル。その気遣いは本当にありがたく心にも染みた。だが、倉野は知っている。上司から何度も進捗状況を確認される居心地の悪さを。それによって発生する胃痛を。

「ありがとうございます、レイチェルさん。でも大丈夫ですよ。元々怪我で眠っていたわけではなく、強制睡眠状態にあっただけですから。起きてしまえば、いつもの朝と変わりませんよ」
「そうですか・・・・・・でも無理はなさらないでくださいね」
「そうします」

 レイチェルにそう答え、倉野は自分の鞄を確認する。その中ではいつも通りツクネがすやすやと眠っていた。倉野が購入した覚えのない干し肉を枕にして眠っているツクネ。どうやらこの三日間はレイチェルたちがツクネの世話をしてくれていたらしい。
 そんな姿を確認した倉野は準備完了と言わんばかりに伯爵の方を向くが、何か違和感を感じた。

「あれ? 何か、伯爵いつもと服装が・・・・・・」

 そう、違和感があったのは伯爵の服装。いつもよりも豪華な装飾にグランダー伯爵家の紋章が着けられており、どこか動きにくそうにも見えた。
 そこでようやく倉野が気づく。

「そういえば僕、この服しか持ってないんでした」
しおりを挟む
感想 67

あなたにおすすめの小説

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

死んだのに異世界に転生しました!

drop
ファンタジー
友人が車に引かれそうになったところを助けて引かれ死んでしまった夜乃 凪(よるの なぎ)。死ぬはずの夜乃は神様により別の世界に転生することになった。 この物語は異世界テンプレ要素が多いです。 主人公最強&チートですね 主人公のキャラ崩壊具合はそうゆうものだと思ってください! 初めて書くので 読みづらい部分や誤字が沢山あると思います。 それでもいいという方はどうぞ! (本編は完結しました)

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。