異世界で俺だけレベルが上がらない！ だけど努力したら最強になれるらしいです？

連載

女の子の悲痛な叫び

　そのままグランダー伯爵邸から出た倉野たちは太陽に照らされた。
　程よい暖かさと心地よい風、豪華な朝食を口にした満足感が全員の心の曇りを晴らしていくように感じる。
　場所が変われば空気が変わり、空気が変われば心の中にも変化が生まれていくはずだ。
　その変化すらシラムの作戦通りである。
　グランダー伯爵邸から庶民街の方に進んでいく倉野、リオネ、レイチェル。歩きながら倉野が二人に話しかけた。

「いい天気ですね。こんなに心落ち着く時間は久しぶりな気がします。ずっとバタバタしてましたから」

　数日前まで倉野と一緒にグランマリア号に乗っていたリオネが頷く。

「ふふっ、確かに豪華客船なのに満喫できないような事件も起きていましたもんね。というか、その前にクラノさんずっと船酔いしてましたから、楽しみようがないですよ。それにその前もオランディで大変だったんですよね？」
「そうですね。だからこういう時間がとっても貴重に感じるんです」

　そう答えながら倉野は空を見上げた。
　全てを悲しみを飲み込みそうなほど澄んだ青が広がっている。
　倉野とリオネの会話を聞いていたレイチェルも同じように空を見上げた。どこまでも広がっている空。その大きさに背中を押されるようにレイチェルはリオネに話しかけた。

「あの、リオネさん」
「どうしたんですか、レイチェルさん」
「その、私は・・・・・・」

　その場で足を止めたレイチェルは意を決したように真剣な表情を浮かべる。
　自分の気持ちを明かしてしまおうと決めた瞬間だった。気持ちを隠したままでリオネとの関係を深めていくことに罪悪感を感じていたのだろう。
　まさにその瞬間。
　三人の前方から子どもの声が響いて来た。

「返してよ！」

　その悲痛な叫びに倉野たちは視線を奪われる。
　何が起きているのか、と観察すると道の先で三人の男の子が一人の女の子のぬいぐるみを取り上げているようだった。おそらく全員五歳くらいだろう。
　女の子は必死にぬいぐるみを取り返そうと男の子たちにしがみ付いた。

「お願いだから返して！　それはお父さんとの・・・・・・」

　しかし男の子たちは女の子を突き飛ばし、蔑むようにこう言い放つ。

「卑しい身分のくせに気安く触れるな！　いつもぬいぐるみに話しかけてて気持ち悪いんだよ！」
「そうだそうだ、卑しい血がうつるだろ」
「庶民街に帰れ！」

　男の子たちの暴言に表情を歪めながらも女の子は必死に手を伸ばした。
　だが、男の子の一人がその手を弾き、そのまま殴りかかろうとする。
　
「あぶない！」

　思わず声を漏らすリオネ。だが、もう既に倉野の足が動き出していた。
　地面を強く蹴り、女の子へと振り下ろされようとしている小さな拳に飛びつく。ギリギリのところでその拳を受け止めた倉野は女の子に優しく微笑みかけた。

「大丈夫かい？　よく立ち向かったね」

　そのまま倉野は男の子たちに視線を送り諭すように話しかける。

「何があったのかは知らないけれど、男の拳は女の子を殴るためにあるんじゃないよ。大切なものを守るためにある」