異世界で俺だけレベルが上がらない！ だけど努力したら最強になれるらしいです？

連載

ワルキューレ

　広間中に響き渡るリマスの声。
　その瞬間に倉野は大勢の敵が現れるのか、と身構える。
　だが、何も起きなかった。
　一瞬、時が止まってしまったのかいうほど沈黙する。
　リマスは慌てて周囲を見渡してから、もう一度叫んだ。

「おい、早くこい。侵入者だ！」
「・・・・・・来ないけど」

　そう倉野が言うとリマスは焦りの表情を浮かべる。

「な、何でだ。おい、来いって言ってんだよ。なぁ、おい！」

　何度叫んでも、誰も入っては来ない。
　倉野はため息をついてから再びリマスを睨みつけた。

「来ないみたいですね。もういいですか？」
「な、何言ってやがる。広間を囲むようにヴェンデッタの兵隊を配置してんだ。俺が呼んだら一斉に入ってくるはずだ。なぁ、そうだろっ。入ってこいよ！」
「ヴェンデッタとの繋がりを認めたな」

　倉野はそう言いながら一歩一歩リマスに歩み寄る。

「く、来るな。来るんじゃねぇ！」

　怯えながら後退りするリマス。
　追い詰めるように歩きながら倉野は心の中で怒りを燃やしていた。
　こんな男にレイチェルは苦しめられていたのか、と。
　ジュアルは人質をとられ従い、カタラーナは傷つき光を失っている。
　自分では何もできないこの男に全てを狂わされた。

「覚悟はいいか」

　倉野がそう言い放つ。
　すると、怯えたリマスは一気に後退し、背後の壁にぶつかった。そしてそれ以上逃げることができなくなり、立ち止まる。

「や、やめろっ。貴族だぞ。エスエ帝国の選ばれた貴族だ」
「どうでもいい」

　言いながら倉野は拳を構えた。
　冷や汗を流しながら小刻みに震えるリマス。

「やめてくれっ、金なら払う。レイチェルからも手を引く。だから、なぁ！」
「もう遅い。お前は人を傷つけすぎたんだよ、リマス・ルチェルトラ」

　倉野が拳を振りかぶった。
　その瞬間、広間の入り口の扉が勢いよく開いた。
　バンッという音が響き、光が差し込む。
　音に反応した倉野が動きを止めると、リマスは嬉しそうに大声を出した。

「来たか、誰か知らんが早くこいつを殺せ！」

　リマスの言葉を聞いた倉野が振り返ると、そこには一人分の人影が見える。
　その人影はこう言い放つ。

「どうして殺さなきゃいけないのよ」

　聞き覚えのある声に倉野は安堵した。
　立っていたのはノエルである。

「ノエルさん」

　倉野が呼びかけるとノエルは持っていた剣を鞘に納めながら返答した。

「大丈夫よ、クラノ。外にいた物騒な奴らは全員倒れてるわよ」
「え、ノエルさんが？」
「あなたたちが言ったんでしょ、グランダー伯爵を守れって。さすがに人数が多かったから、ハウンドとこの国の衛兵にも手伝ってもらったけどね」

　そう言いながら微笑むノエル。
　その姿はまるで北欧神話に登場する武装した乙女、ワルキューレだ。

「な、ヴェンデッタの兵隊たちが全滅した・・・・・・だと」

　絶望を表情で表しながらリマスが呟く。
　全ての剣を折られ、全ての盾を失った男はその場に崩れ落ちた。