上 下
526 / 561

覆面の下の企み10

しおりを挟む
 閉まった扉を叩いていたレイニールだったが無駄だと悟ったのか、すぐに倒れている星の所まで戻ってきた。

 本来、街の門はプレイヤー保護の為、外部からのモンスターの侵入は原則としてできない仕様になっている。 
 その機能も弱体化しているとはいえ、レイニールが本気で叩いても扉はびくともしないというところは、つまりはその防衛機能は健在ということだろう。
 
 扉を破るのを諦めたレイニールは星の元へ戻ると、服を引っ張って宙へと持ち上げる。どうやら、星を空中に持ち上げたままこの場所から離脱する考えのようだが。

「うぅ~。主、今日は少し重いのじゃ~」
「……レイ。私は大丈夫だから、逃げて……」

 何故か今の星の体は、普段の彼女の数十倍も重く感じる。
 顔を真っ赤にして何とか持ち上げようと、翼を素早く羽ばたかせているレイニールに、星が今にも掻き消えそうな弱々しい声で告げた。

 だが、レイニールは首を横に全力で振ると、もう一度、バタバタと全力で小さな翼を動かす。
 
「そんなことできるか! 主は絶対に連れていくのじゃ!!」
「……レイ」

 レイニールのその言葉が、星には嬉しかった……。

 その直後、目の前に弓を構えるゴブリンの姿が目に飛び込んできた。
 角度から見て、その弓の照準は間違いなくレイニールに向いている。それに気付いた星が慌てて叫ぶ。

「レイ……レイ! 私を放して! 早く飛び上がって!」

 彼女の言う通りにすれば、レイニールだけならこの場から容易に離脱することができる。

 しかし、レイニールは一向に星の服を放そうとはしない。

「嫌じゃ! 絶対に嫌なのじゃ!」

 渾身の力を振り絞って出したその叫び声の直後、放たれた矢がレイニールに向かって飛んでいく。

 星が『もうダメだ!』と思った瞬間、前に何者かが敵との間に割って入った。

「――ぐッ!!」

 苦痛に歪むその声に星が顔を上げると、そこには苦痛に耐えながら微笑むトールの姿があった――。

 星が驚き目を丸くしていると見上げている星の頭を、トールの大きな手が優しく撫でる。だが、星はどうして彼が自分を庇ってくれたのか分からなかった。
 それもそうだろう。星はこの世界にいる多くのプレイヤーの1人で、トールとも2日間一緒にいただけで、それほど親しい間柄というわけでもない。

 そんな自分を、彼が身を挺してまで守る理由が星には見つからなかった……。

「……ど、どうして……ですか?」

 満面の笑みで微笑んで星の体を優しく抱きしめたトールの背に、追い打ちを掛けるようにその背中に無数の矢が突き刺さる。

「――くっ……うぐっ! がぁっ! ……ど、どうして? そんなの……簡単だよ。守りたいから……守っただけさ……僕はもうダメみたいだ…………君は、死ぬんじゃないよ?」

 そのまま、HPがなくなったトールの体が光になって空へと昇っていく。

 目の前から消えていくその光を見つめながら、星は自分の心の中で抱いていた気持ちが何だったのかを再確認した。

 そう。それは恋愛感情とは全く違ったその感情は…………。

「――お父さん……」

 咄嗟に出た言葉は、星が今までの人生でそれほど多く口にしたものではなかった。そして、今まで彼に抱いていた安心感と懐かしさは、これが理由だったのかと悟った時にはすでに光も消えていた。

 星は彼の人当たりのいい優しい人柄と男性特有の大きく逞しい手に、会ったことのない父親を重ね合わせていたのだろう。それも現実には存在しない。周りの子供の父親をベースに創り上げた、自分の理想の父親という幻想を――。

 直後に星が意識を失うと、今まで全く動かなった体が急に少し軽くなり。レイニールが重そうに宙へと持ち上げると、ふらふらとフラつきながらどこに逃げようかと右往左往していた。

               * * *


 モニターの前でその光景を見ていた覆面の男が、感情を剥き出しにして操作盤を叩いて声を荒らげた。

「何たる事だ!! 誰がイヴに矢を放っていいと命令した!! あのバカがいなければ、間違いなくイヴに当たっていたぞ!! くっ……」

 覆面の男はもの凄い勢いでキーボードを叩くと、次々に画面にウィンドウが表示されては消えていく。

 そのタイピングスピードもそうだが、常人ではウィンドウに表示されている英語の羅列は何のことか分からない。
 おそらく。プログラミング言語なのだろう……覆面の男は素早くモニターと一体となっているキーボードを叩くと、即座にウィンドウを閉じていく。

 その早業は彼がその作業に精通していることを裏付ける唯一のものだろう。しかし、どんなに優秀な人物だとしても。彼が稀代のマッドサイエンティストであることに変わりがないのだが……。

「そうか……あの竜に反応して……ならば、あの竜も戦闘対象から除外すれば……」

 ブツブツと独り言を呟きつつ、キーボードを叩き続けていた彼の手がやっと止まる。
 
 作業が終わったのだろう。最後のウィンドウも閉じ、椅子の背もたれに体を任せ大きく息を吐き出した。
 そしてしばらくモニターの光で薄っすらと照らし出されている天井を見上げ、狂気じみた笑い声を上げると、再びモニターと向き合いキーボードを叩く。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】

一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。 しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。 ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。 以前投稿した短編 【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて の連載版です。 連載するにあたり、短編は削除しました。

Gender Transform Cream

廣瀬純一
SF
性転換するクリームを塗って性転換する話

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

身体交換

廣瀬純一
SF
男と女の身体を交換する話

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

処理中です...