492 / 561
奇襲前夜4
しおりを挟む
包囲されていると言えば聞こえはいいが、敵の数は30万以上。それに対してこちらの戦力は、非戦闘員を取り込んでも2万程度しかいない……これはもう事実上、一方的な虐殺に近い。
地図を一目見て、最早打つ手はないと分かるこの絶望的な状況で、メルディウスには打開策があるようには思えない。
マスターは鉄製の指示棒を取り出すと、その先を伸ばしてテーブルに広げた地図を指す。
「この街の出口は東西南北の4箇所。そしてライラの報告によると、この包囲網の中で最も弱い場所は南の様だ。しかし、あからさま過ぎる――これを罠だと捉え。ここはあえて、最も防備が厚い場所を一点突破する。実行は明日の夜、月が真上に上がった頃に行う」
「師匠。それは敵に先制攻撃を掛ける……という事ですか?」
不安そうな表情を見せるカレンの頭に手を置き、優しく微笑み掛ける。
その表情はまるで、我が子を愛でる親のようでもあった。すると、今度はメルディウスが口に手を当てて考える素振りをしたまま尋ねてくる。
「だが、奇襲を掛けるにしたってリスクが大きくねぇーか?」
彼が言うのも最もな意見だ。本来ならば、少しでもリスクを避けるのが得策である。
何と言ってもこのゲーム世界で死ねば、現実の世界でも死ぬという疑惑は未だになくなったわけではないのだから。しかし、その彼の意見を聞いてもマスターの意志は変わらない。
「いや、元より真正面から当たって勝てる見込みなどない。ならば、籠城して完全に退路を失うより打って出て、敵の虚を突く方が勝機はある。敵の包囲も広範囲をカバーせねばならん。その為、今なら必然的に一箇所にいるモンスターの密度も薄くなる。また今のうちならば敵の概要が分からず、皆の士気も高い。しかし、絶望的な状況になればなるほど士気が落ち、正気を保てなくなる者が多く出てくるだろう。それに、相手がルール通り動いてくれるかも分からん。今まで全て先手を打たれてきたからな――今度はこっちが先手を打ち。奴の度肝を抜いてやるぞ!」
「おう! モンスター共を俺のベルセルクの錆びにしてやるぜ!」
互いに腕をかち合わせ、ニヤッと不敵な笑みを浮かべる。
拳を打ち付け合っている2人を見て、壁に凭れ掛かっていたバロンも満更ではない様子で口元に微かな笑みを浮かべた。
しかし、彼等以外はそれほど乗り気とは思えない複雑な表情を見せていた。
当然だ――30万対2万では、本来戦いになるはずがない。常識的に捉えれば、彼等の奇襲作戦は事実上の特攻戦術と言っても違いはない。
勇敢ではあるが、そこに皆、勝機が見い出せないでいるのだ。頼みの綱は、マスターの始めに言った敵の無力化作戦しかないだろう――この街に居る者達の命運は、小学生である星の肩に掛かっていると言っても良かった……。
* * *
そんなことが部屋で話し合われていることなど露知らず。
エミルに手を引かれ星が脱衣所までいくと、エミルは険しい表情で終始無言のまま着ている服を脱ぎ始める。
普段とは明らかに違うエミルの様子を敏感に感じ取ったのか、あえてなにも喋ることもなく星も服を脱ぐ。
着替えている間に何度かエミルの顔を見ようとしたのだが、星が見る度エミルはあからさまに目を逸らす。
広い空間の中。シーンと静まり返った脱衣場で、星はエミルに目を逸らされる度、今まで仲良くしてきたことが嘘の様に思えて辛かった……。
服を全て脱いで一糸纏わぬ姿になると、一足早く着替え終えていたエミルがそっと手を差し出す。やっと目を合わせてくれたエミルの瞳は、どこか悲しそうに見えた。
浴室に入ると洗い場でいつもの様に星の体をエミルが洗ってくれる。だが、素手で洗われるのはどうしてもくすぐったくて慣れない。
湯気で視界が霞む中で背中、腕、足と洗っていたエミルの手が突如止まり、後ろから抱きつくように星の小さな体を抱く。
ゆっくりと肩に回された細い腕は、微かに震えていていつもと変わらないはずの体温も心なしか冷たく感じる。
「……エミルさん?」
星がエミルの方へと振り向こうとした時、その耳元でエミルがささやくように尋ねる。
「――星ちゃん。もしも……もしもよ? もし、あなたにしかできない事があって、でも自分は死んじゃうかもしれなくて――それでも、多くの人を助けられるとしたら……あなたは……どうする?」
その声は微かに震えていて、その声を聞いた星はエミルの方を振り向くのを止め、前を向き直すとゆっくりと瞼を閉じて考える。
そして数秒考えた後に、徐に口を開き聞き返す。
「――それにエミルさん達も含めますか?」
「……ええ、そうね……」
小さく弱々しい声で返した彼女の言葉に、星は微笑みを浮かべると、ゆっくりと天井を見上げた。
地図を一目見て、最早打つ手はないと分かるこの絶望的な状況で、メルディウスには打開策があるようには思えない。
マスターは鉄製の指示棒を取り出すと、その先を伸ばしてテーブルに広げた地図を指す。
「この街の出口は東西南北の4箇所。そしてライラの報告によると、この包囲網の中で最も弱い場所は南の様だ。しかし、あからさま過ぎる――これを罠だと捉え。ここはあえて、最も防備が厚い場所を一点突破する。実行は明日の夜、月が真上に上がった頃に行う」
「師匠。それは敵に先制攻撃を掛ける……という事ですか?」
不安そうな表情を見せるカレンの頭に手を置き、優しく微笑み掛ける。
その表情はまるで、我が子を愛でる親のようでもあった。すると、今度はメルディウスが口に手を当てて考える素振りをしたまま尋ねてくる。
「だが、奇襲を掛けるにしたってリスクが大きくねぇーか?」
彼が言うのも最もな意見だ。本来ならば、少しでもリスクを避けるのが得策である。
何と言ってもこのゲーム世界で死ねば、現実の世界でも死ぬという疑惑は未だになくなったわけではないのだから。しかし、その彼の意見を聞いてもマスターの意志は変わらない。
「いや、元より真正面から当たって勝てる見込みなどない。ならば、籠城して完全に退路を失うより打って出て、敵の虚を突く方が勝機はある。敵の包囲も広範囲をカバーせねばならん。その為、今なら必然的に一箇所にいるモンスターの密度も薄くなる。また今のうちならば敵の概要が分からず、皆の士気も高い。しかし、絶望的な状況になればなるほど士気が落ち、正気を保てなくなる者が多く出てくるだろう。それに、相手がルール通り動いてくれるかも分からん。今まで全て先手を打たれてきたからな――今度はこっちが先手を打ち。奴の度肝を抜いてやるぞ!」
「おう! モンスター共を俺のベルセルクの錆びにしてやるぜ!」
互いに腕をかち合わせ、ニヤッと不敵な笑みを浮かべる。
拳を打ち付け合っている2人を見て、壁に凭れ掛かっていたバロンも満更ではない様子で口元に微かな笑みを浮かべた。
しかし、彼等以外はそれほど乗り気とは思えない複雑な表情を見せていた。
当然だ――30万対2万では、本来戦いになるはずがない。常識的に捉えれば、彼等の奇襲作戦は事実上の特攻戦術と言っても違いはない。
勇敢ではあるが、そこに皆、勝機が見い出せないでいるのだ。頼みの綱は、マスターの始めに言った敵の無力化作戦しかないだろう――この街に居る者達の命運は、小学生である星の肩に掛かっていると言っても良かった……。
* * *
そんなことが部屋で話し合われていることなど露知らず。
エミルに手を引かれ星が脱衣所までいくと、エミルは険しい表情で終始無言のまま着ている服を脱ぎ始める。
普段とは明らかに違うエミルの様子を敏感に感じ取ったのか、あえてなにも喋ることもなく星も服を脱ぐ。
着替えている間に何度かエミルの顔を見ようとしたのだが、星が見る度エミルはあからさまに目を逸らす。
広い空間の中。シーンと静まり返った脱衣場で、星はエミルに目を逸らされる度、今まで仲良くしてきたことが嘘の様に思えて辛かった……。
服を全て脱いで一糸纏わぬ姿になると、一足早く着替え終えていたエミルがそっと手を差し出す。やっと目を合わせてくれたエミルの瞳は、どこか悲しそうに見えた。
浴室に入ると洗い場でいつもの様に星の体をエミルが洗ってくれる。だが、素手で洗われるのはどうしてもくすぐったくて慣れない。
湯気で視界が霞む中で背中、腕、足と洗っていたエミルの手が突如止まり、後ろから抱きつくように星の小さな体を抱く。
ゆっくりと肩に回された細い腕は、微かに震えていていつもと変わらないはずの体温も心なしか冷たく感じる。
「……エミルさん?」
星がエミルの方へと振り向こうとした時、その耳元でエミルがささやくように尋ねる。
「――星ちゃん。もしも……もしもよ? もし、あなたにしかできない事があって、でも自分は死んじゃうかもしれなくて――それでも、多くの人を助けられるとしたら……あなたは……どうする?」
その声は微かに震えていて、その声を聞いた星はエミルの方を振り向くのを止め、前を向き直すとゆっくりと瞼を閉じて考える。
そして数秒考えた後に、徐に口を開き聞き返す。
「――それにエミルさん達も含めますか?」
「……ええ、そうね……」
小さく弱々しい声で返した彼女の言葉に、星は微笑みを浮かべると、ゆっくりと天井を見上げた。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
タイムワープ艦隊2024
山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。
この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】
一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。
しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。
ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。
以前投稿した短編
【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて
の連載版です。
連載するにあたり、短編は削除しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる