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奇襲前夜2
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その星の言葉に、エミルが驚いた様に目を見開いたまま立ち尽くしている。しかし、それはエリエ達も同じだった。いや、エリエの方が驚いていたかもしれない。
それは、エミルがエリエのことを目を細めながら凝視しているのを見ていれば、彼女が驚いている理由は分かるだろう。
完全にエリエが星に教えたのだと疑っている視線に、マズイと思ったエリエは、エミルと目を合わせないように気まずそうに視線を逸した。
星はエリエの方を見ているエミルに更に詰め寄ると、真剣な面持ちでじっと激しい視線を送る。さすがに折れたのか、エミルは大きくため息を吐き出すと。
「はぁ……分かったわ、星ちゃん。なら、お風呂に行きましょうか……」
「……お風呂?」
突然出た謎のワードに星が面食らっているのか、目を丸くさせてきょとんとしている。そんな星の手を引くと、エミルはマスターの方を見て目で合図を送った。
マスターはそのアイコンタクトを受け取ったのか、了解した様子で深く頷いた。その後、困惑する星を余所に、その手を引いて強引に大浴場に連れていく。
星とエミルがその場を離れるのを確認して、マスターが深刻そうな顔で重い口を開いた。
「――街に行った者は分かると思うが、我等に賛同してくれるギルドは大小合わせて6つ。そして始まりの街にいるギルドは28。ギルドホールの情報にそって調べた正しい数字だ。残るは儂等の様にギルドを設立していないチーム形式の者達だろう。これを含めれば、街を守る集団は100近いかそれ以上。先日の事件以降、数人規模の特定のチームで動く者が増加したのが背景にあるだろうが、不確定な動きをする者等が多すぎてこれでは戦いにもならん……」
今の街の戦力を目の当たりにして、落胆の籠もった大きなため息を漏らすマスター。
だが、それはその場にいる殆どの者が彼と同じ気持ちだった。
先日の村正事件では始まりの街にいた者達の半数ほどが犠牲となったのだ、未だに街ではその傷が癒えていない。壊れた街の方はシステムによって修繕されたが、心の方はシステムではどうしようもないのが現実だ――これにはそれなりに時間が必要だろう。
そう考えれば、事件後すぐに仕掛けてくるシルバーウルフの方が理にかなっていると言えた。
戦争は生き物だと多くの戦術家が言うが、それは本当に正しいと思う。この感情が高まっている状況下では、作戦を立てて戦うなど到底できそうもない。かと言って勢いに任せて突撃すれば、士気の高さが災いして今度は戦線が伸びすぎて後方の防衛が疎かになる。また覆面の男の言った以前の事件の死亡者を蘇らせ、更には元の世界に戻れるという言葉に踊らされて有頂天になって楽観的な考え方の人間が多い。
このままでは感情だけが先走りまともな作戦行動など取れず、とても統率の取れた戦闘にはならないだろう。正に、今の始まりの街に集まっているプレイヤー達は、烏合の衆と化しているということだ――。
「それに悪い知らせはもう一つ…………実はな、先程ライラからメッセージが来て、この街の周囲20km圏内を囲むように様々なモンスターの大群が囲んでいるらしいのだ。その数およそ30万。その数は日に日に膨れ上がり、中にはダンジョンやフィールドのボスクラスもいるらしい……」
彼の言葉に皆騒然して絶望に表情を強張らせる中、メルディウスとバロンだけは冷静だった。
互いに壁に凭れ掛かるようにして、マスターの話を聞いていた2人だったが、内容を聞いてほぼ同時に声を上げる。
「「とてもじゃないが、そんな数じゃ対応なんてできないだろ?」」
発言した直後、2人は顔を見合わせ不機嫌そうにそっぽを向く。
マスターは不仲な2人を見て少し呆れ気味に眉を動かし、その問いに答えるように言葉を続けた。
「この街に残る人数では、30万以上の敵を相手に、十中八九勝ち目がない。しかし、他の街に撤退するにも、他の街も同じ状況らしくてな。皆も知っての通り、各町の近くにある転移用魔法陣は、今はランダムでどこかの魔法陣に召喚されてしまい役に立たん。一応ライラからの打開策を提示されたが――」
そこまで言って、マスターは不機嫌そうに眉をひそめ渋い顔をする。
彼のその表情を見たら、ライラが何を言ったのか大体の想像が付くと言うものだろう。
まあ、これほどの大群に周囲を囲まれている状況下の場合の対応策は、囮の部隊が敵にやられている内にできる限り退避するという身を切る作戦しかない。
作戦内容としては囮が馬で敵の中を突っ切って、誘い出された敵の間を脱出する者達が抜けていく。
もちろん。これには相当大多数の囮が必要となり、しかもその殆どは少なくて何万ものモンスターを相手にするのだ――囮役を買って出た者の多くが生還ができないということは言うまでもない。
それは、エミルがエリエのことを目を細めながら凝視しているのを見ていれば、彼女が驚いている理由は分かるだろう。
完全にエリエが星に教えたのだと疑っている視線に、マズイと思ったエリエは、エミルと目を合わせないように気まずそうに視線を逸した。
星はエリエの方を見ているエミルに更に詰め寄ると、真剣な面持ちでじっと激しい視線を送る。さすがに折れたのか、エミルは大きくため息を吐き出すと。
「はぁ……分かったわ、星ちゃん。なら、お風呂に行きましょうか……」
「……お風呂?」
突然出た謎のワードに星が面食らっているのか、目を丸くさせてきょとんとしている。そんな星の手を引くと、エミルはマスターの方を見て目で合図を送った。
マスターはそのアイコンタクトを受け取ったのか、了解した様子で深く頷いた。その後、困惑する星を余所に、その手を引いて強引に大浴場に連れていく。
星とエミルがその場を離れるのを確認して、マスターが深刻そうな顔で重い口を開いた。
「――街に行った者は分かると思うが、我等に賛同してくれるギルドは大小合わせて6つ。そして始まりの街にいるギルドは28。ギルドホールの情報にそって調べた正しい数字だ。残るは儂等の様にギルドを設立していないチーム形式の者達だろう。これを含めれば、街を守る集団は100近いかそれ以上。先日の事件以降、数人規模の特定のチームで動く者が増加したのが背景にあるだろうが、不確定な動きをする者等が多すぎてこれでは戦いにもならん……」
今の街の戦力を目の当たりにして、落胆の籠もった大きなため息を漏らすマスター。
だが、それはその場にいる殆どの者が彼と同じ気持ちだった。
先日の村正事件では始まりの街にいた者達の半数ほどが犠牲となったのだ、未だに街ではその傷が癒えていない。壊れた街の方はシステムによって修繕されたが、心の方はシステムではどうしようもないのが現実だ――これにはそれなりに時間が必要だろう。
そう考えれば、事件後すぐに仕掛けてくるシルバーウルフの方が理にかなっていると言えた。
戦争は生き物だと多くの戦術家が言うが、それは本当に正しいと思う。この感情が高まっている状況下では、作戦を立てて戦うなど到底できそうもない。かと言って勢いに任せて突撃すれば、士気の高さが災いして今度は戦線が伸びすぎて後方の防衛が疎かになる。また覆面の男の言った以前の事件の死亡者を蘇らせ、更には元の世界に戻れるという言葉に踊らされて有頂天になって楽観的な考え方の人間が多い。
このままでは感情だけが先走りまともな作戦行動など取れず、とても統率の取れた戦闘にはならないだろう。正に、今の始まりの街に集まっているプレイヤー達は、烏合の衆と化しているということだ――。
「それに悪い知らせはもう一つ…………実はな、先程ライラからメッセージが来て、この街の周囲20km圏内を囲むように様々なモンスターの大群が囲んでいるらしいのだ。その数およそ30万。その数は日に日に膨れ上がり、中にはダンジョンやフィールドのボスクラスもいるらしい……」
彼の言葉に皆騒然して絶望に表情を強張らせる中、メルディウスとバロンだけは冷静だった。
互いに壁に凭れ掛かるようにして、マスターの話を聞いていた2人だったが、内容を聞いてほぼ同時に声を上げる。
「「とてもじゃないが、そんな数じゃ対応なんてできないだろ?」」
発言した直後、2人は顔を見合わせ不機嫌そうにそっぽを向く。
マスターは不仲な2人を見て少し呆れ気味に眉を動かし、その問いに答えるように言葉を続けた。
「この街に残る人数では、30万以上の敵を相手に、十中八九勝ち目がない。しかし、他の街に撤退するにも、他の街も同じ状況らしくてな。皆も知っての通り、各町の近くにある転移用魔法陣は、今はランダムでどこかの魔法陣に召喚されてしまい役に立たん。一応ライラからの打開策を提示されたが――」
そこまで言って、マスターは不機嫌そうに眉をひそめ渋い顔をする。
彼のその表情を見たら、ライラが何を言ったのか大体の想像が付くと言うものだろう。
まあ、これほどの大群に周囲を囲まれている状況下の場合の対応策は、囮の部隊が敵にやられている内にできる限り退避するという身を切る作戦しかない。
作戦内容としては囮が馬で敵の中を突っ切って、誘い出された敵の間を脱出する者達が抜けていく。
もちろん。これには相当大多数の囮が必要となり、しかもその殆どは少なくて何万ものモンスターを相手にするのだ――囮役を買って出た者の多くが生還ができないということは言うまでもない。
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