489 / 630
奇襲前夜
しおりを挟む
そうこうしているうちにすっかりと日が落ち、辺りはもう夜の帳が折り始めていた。
ついさっきまでは茜色に輝いていた空も、今ではすっかり暗くなり、手に持っている木の剣も夕日に照らされ薄っすらと視界に映し出される状態だった。
すると突然、木の上で寝そべって休んでいたレイニールが遠くの方を指差して大きな声を上げる。
星もその方向に目をやると、そこにはアレキサンダーの背に乗って、エリエとミレイニがやってくるのが見えた。
青く辺りを照らす鬣と真っ白なその姿は、日が落ちた今なら遠くからでもよく見える。トールもそれには気付いているみたいで……。
「どうやら、お迎えが着たようだね。今日はここまでにしようか」
「……えっ? 今日は……ですか? またいいんですか?」
彼の言葉に瞳を輝かせてそう尋ねた星に、トールは静かに頷くと。
「ああ、やりたかったらまた明日もここにおいで、待ってるから」
「……はっ、はい!」
笑みを浮かべながらそう告げた彼に、星は嬉しそうに大きく頷く。
その直後、彼は突然走り出してその姿は闇の中へと消えていった。それは一瞬の出来事で、まるで夢でも見ていたのではないかと思ってしまうほどだった――。
彼の後ろ姿を見送りながら星は胸の辺りを押さえている。すると、彼がいなくなったすぐ後にエリエ達がやってきた。
アレキサンダーは星の前で止まると、その背中に乗っていたエリエが大声を上げた。
「――もう星! 練習熱心なのはいいけど、勝手に出ていったら心配するじゃない! ミレイニのペットがいなかったら、見つけられなかったかもしれないんだから!」
頭ごなしに言い放ったエリエの言葉に、星は表情を曇らせたままただただ俯く。だが、エリエとしても星のことを心配しての言動なのは間違いない。
それは普段は整っている桃色のポニーテールが、今はボサボサのままで着ていた服も乱れていたからだ。
おそらく。起きてすぐに星の書いたボードを見つけ、探しに出てきたのだろう。いや。それに関しては、イシェルが教えたのかもしれないが……。
星にはそれが分かっていたからこそ、何も言えなかった。
俯き口を閉じる星を見つめ、そして小さくため息を漏らす。
「はぁ……まあ、無事ならそれでいいわよ。早く帰ろ! エミル姉が帰って来てたら、私も怒られるんだからー」
「はい」
星の手を取ってアレキサンダーの背に乗せると、前に乗っていたミレイニが口に手を当ててムフフとほくそ笑むと。
「――エリエはちょっと叱られるくらいの方が、大人しくなっていいし……」
っと呟くが、だがこの距離でそのミレイニの言葉が聞こえないわけがなく……。
満面の笑みで振り向いたエリエの瞳がミレイニを見据えた。
「……ミレイニ~?」
不気味な笑みを浮かべ、わきわきと指を動かして逃げようとする彼女の背後からミレイニの頬を引っ張る。手足をバタつかせて「ほえんあはい」と言っているが、エリエは手を放す気配すらない。
このやり取りを見るのは何度目だろう。すでに見慣れた光景だった。だが、いつものことだがどうしてミレイニはこうなるのが予想できないのだろうと、星は心の中で思っていた。
城に戻るとエリエの心配通り、部屋にはマスター達が戻っていた。まあ、もちろんその中にはエミルもいるわけで……。
「……エリー? 随分と遅いお帰りね。どういう事か説明してもらえるかしら?」
行く手を遮るように、部屋の扉の先に立っているエミルはにっこりと微笑みを浮かべているが、その目の奥には怒りの色が見て取れた。
もし、ここで下手なことを言おうものなら、エミルにどれだけ長時間説教されることになるか……。
「あはは……えっと。ちょ、ちょっと皆で城内を散歩をしてて! それで今日も月が綺麗だねって話してたら、こんな時間になってしまったんだよ!」
彼女の顔色を窺いつつ焦りながらも、エリエはなんとかこの場を抑えようと身振り手振りで誤魔化そうとしている。
少し表情の和らいだエミルに、このままいけば丸く事を収められると、確信していたエリエ。
だが、次のエミルの言葉にエリエの背筋が凍り付く。
「へぇ~、楽しそうに炎帝レオネルの背に乗って大慌てで森の中を走ってたけど、その時には星ちゃんは乗ってなかったわよね? どういう事か説明してくれるわねエリエ?」
体をビクッと震わせ、エリエが苦笑いを浮かべ。
「あはは……み、見てたんだ……」
「ええ、ばっちり」
引き攣る頬に、全身から冷や汗を流しているエリエ。
そんな彼女に向かって、エミルは満面の笑みを向けている。状況は最悪に思えた……。
だが、そんな時。エリエの後ろに立っていた星がエミルの前に歩み寄る。
険しい表情で俯いている星に、エミルが「星ちゃん。どうしたの?」と尋ねると、星が険しい表情のままエミルの顔を見上げ。
「……エミルさん。私に隠し事してませんか?」
「ん? なんの事かは分からないけど、まだ起きたばかりでお腹も空いてるでしょ? イシェ、まずはご飯に――」
「――どうして、2日後の事を隠してるんですか?」
話をはぐらかそうとしていたエミルに、星は単刀直入に尋ねた。
ついさっきまでは茜色に輝いていた空も、今ではすっかり暗くなり、手に持っている木の剣も夕日に照らされ薄っすらと視界に映し出される状態だった。
すると突然、木の上で寝そべって休んでいたレイニールが遠くの方を指差して大きな声を上げる。
星もその方向に目をやると、そこにはアレキサンダーの背に乗って、エリエとミレイニがやってくるのが見えた。
青く辺りを照らす鬣と真っ白なその姿は、日が落ちた今なら遠くからでもよく見える。トールもそれには気付いているみたいで……。
「どうやら、お迎えが着たようだね。今日はここまでにしようか」
「……えっ? 今日は……ですか? またいいんですか?」
彼の言葉に瞳を輝かせてそう尋ねた星に、トールは静かに頷くと。
「ああ、やりたかったらまた明日もここにおいで、待ってるから」
「……はっ、はい!」
笑みを浮かべながらそう告げた彼に、星は嬉しそうに大きく頷く。
その直後、彼は突然走り出してその姿は闇の中へと消えていった。それは一瞬の出来事で、まるで夢でも見ていたのではないかと思ってしまうほどだった――。
彼の後ろ姿を見送りながら星は胸の辺りを押さえている。すると、彼がいなくなったすぐ後にエリエ達がやってきた。
アレキサンダーは星の前で止まると、その背中に乗っていたエリエが大声を上げた。
「――もう星! 練習熱心なのはいいけど、勝手に出ていったら心配するじゃない! ミレイニのペットがいなかったら、見つけられなかったかもしれないんだから!」
頭ごなしに言い放ったエリエの言葉に、星は表情を曇らせたままただただ俯く。だが、エリエとしても星のことを心配しての言動なのは間違いない。
それは普段は整っている桃色のポニーテールが、今はボサボサのままで着ていた服も乱れていたからだ。
おそらく。起きてすぐに星の書いたボードを見つけ、探しに出てきたのだろう。いや。それに関しては、イシェルが教えたのかもしれないが……。
星にはそれが分かっていたからこそ、何も言えなかった。
俯き口を閉じる星を見つめ、そして小さくため息を漏らす。
「はぁ……まあ、無事ならそれでいいわよ。早く帰ろ! エミル姉が帰って来てたら、私も怒られるんだからー」
「はい」
星の手を取ってアレキサンダーの背に乗せると、前に乗っていたミレイニが口に手を当ててムフフとほくそ笑むと。
「――エリエはちょっと叱られるくらいの方が、大人しくなっていいし……」
っと呟くが、だがこの距離でそのミレイニの言葉が聞こえないわけがなく……。
満面の笑みで振り向いたエリエの瞳がミレイニを見据えた。
「……ミレイニ~?」
不気味な笑みを浮かべ、わきわきと指を動かして逃げようとする彼女の背後からミレイニの頬を引っ張る。手足をバタつかせて「ほえんあはい」と言っているが、エリエは手を放す気配すらない。
このやり取りを見るのは何度目だろう。すでに見慣れた光景だった。だが、いつものことだがどうしてミレイニはこうなるのが予想できないのだろうと、星は心の中で思っていた。
城に戻るとエリエの心配通り、部屋にはマスター達が戻っていた。まあ、もちろんその中にはエミルもいるわけで……。
「……エリー? 随分と遅いお帰りね。どういう事か説明してもらえるかしら?」
行く手を遮るように、部屋の扉の先に立っているエミルはにっこりと微笑みを浮かべているが、その目の奥には怒りの色が見て取れた。
もし、ここで下手なことを言おうものなら、エミルにどれだけ長時間説教されることになるか……。
「あはは……えっと。ちょ、ちょっと皆で城内を散歩をしてて! それで今日も月が綺麗だねって話してたら、こんな時間になってしまったんだよ!」
彼女の顔色を窺いつつ焦りながらも、エリエはなんとかこの場を抑えようと身振り手振りで誤魔化そうとしている。
少し表情の和らいだエミルに、このままいけば丸く事を収められると、確信していたエリエ。
だが、次のエミルの言葉にエリエの背筋が凍り付く。
「へぇ~、楽しそうに炎帝レオネルの背に乗って大慌てで森の中を走ってたけど、その時には星ちゃんは乗ってなかったわよね? どういう事か説明してくれるわねエリエ?」
体をビクッと震わせ、エリエが苦笑いを浮かべ。
「あはは……み、見てたんだ……」
「ええ、ばっちり」
引き攣る頬に、全身から冷や汗を流しているエリエ。
そんな彼女に向かって、エミルは満面の笑みを向けている。状況は最悪に思えた……。
だが、そんな時。エリエの後ろに立っていた星がエミルの前に歩み寄る。
険しい表情で俯いている星に、エミルが「星ちゃん。どうしたの?」と尋ねると、星が険しい表情のままエミルの顔を見上げ。
「……エミルさん。私に隠し事してませんか?」
「ん? なんの事かは分からないけど、まだ起きたばかりでお腹も空いてるでしょ? イシェ、まずはご飯に――」
「――どうして、2日後の事を隠してるんですか?」
話をはぐらかそうとしていたエミルに、星は単刀直入に尋ねた。
0
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる