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エルフの男と触手の大樹4

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 今思えば、エミルはこういう危機的状況をあらかじめ予想していたのかもしれない。

 星はアイテム内のエクスカリバーを指で押したまま、今度は体の形をした装備画面にドロップしようとした時。
 突然茂みの中から出て来た新たな木の根の様な何かに、操作していた右手を強引に引き伸ばされてしまう。

「――あっ!」

 だが、別にコマンドは利き手だけでしか動かせないわけではない――星はすぐに左手でコマンドを開く。しかし、開けたコマンドは一番最初のアイテムの項目からになっていた。

 どうやら、コマンド操作は途中でキャンセルされた場合は、初期状態になって戻ってしまうらしい。

 普段なら気にならないことでも、こういう状況ではこのシステムの仕様は厄介極まりない。

(……利き手じゃない方でうまくできるか分からないけど……でも、この状況じゃ……やるしかないよね)

 星は危機的状況の中『自分がやるしかないという』決意に満ちた表情で頷くと、慣れない左手でコマンドを操作する。
 慣れない左手のせいか、小刻みに震えて上手く動いてくれない。しかも、さっきから右手と右足に巻き付いた木の根の様な何かが脈打つように動いて星の体を揺らしていて手元が狂う。

 思い通りにいかないコマンド操作に苛立ちを感じているのか、星の表情が徐々に歪み始める。
 それは普段の星が絶対に見せない怒りによるものだったが、当の本人はその普段経験したことのない感情に戸惑いを隠しきれなかった。

 それもそうだろう。星が今まで生きてきて、憤りを感じたことなどないに等しい。
 普段から感情を抑え込むことに長けている星は、知らず知らずのうちに怒りを含めた喜怒哀楽の殆どを制御する術を身に着けてしまっていたのだ。

 喜怒哀楽は人とのふれあいで始めて感じる感情で、人との接触を避けることの多い星には無縁とも言っていい感情だった。
 いや、なんでも1人で熟さないといけなかった星にとっては、喜びも怒りも悲しみも楽しさも全てが自分1人だけしか感じない感情でしかない。

 分かち合う相手が居ないのに感情を表すのは、苦行と言うほどに虚しさしか残らないのだ。何故なら父親にも生まれる前に先立たれ、母親は女手一つで自分を育てる為にいつも帰りは遅い。学校では友達もいなくて、ふれあいというものがまるでなく。嬉しくて笑みが溢れても、悲しくて涙が溢れてもそれを分かち合える存在が居なかったのだから……。

 そんな星は日常では常にドライだった……それは星が冷たいのではなく。周りの冷え切った態度に合わせて冷めていってしまったのだ――だが、無理もない。昔は友達もいて、父親がいないというだけで、どこにでもいる普通の女の子だった。

 しかし、去年から……いや、その前から同じクラスの女子達から距離を置かれるようになり。適当に愛想良くしながら、普段は本だけを手に無口で日陰にいるような女の子になっていった。でも、心のどこかで本当に人を信じられない性格まで堕ちてしまったのだ。

 もしも映画やドラマで学校を題材にした物語が展開されるならば、ほぼ間違いなく発言もなく、真っ先に一番最初の騒動で消える役になるのだろう。そしてそうだとしても、誰の心にも星という存在は残らないのだろうことは、星本人が最も知っていることだ――。

 そんな星も、エミル達とこのゲームの世界で生活してからは、毎日が驚きと喜びの連続で、今まで殆どの感情を抑え込んでいたその心を解きほぐしていた。

 この心の中から湧き上がる。行き場もなくどうしようもない怒りの感情もそのおかげなのだろう。だが、今のこの状況ではその感情が仇となっていた。

 上手く操作できないことからくる怒りと焦りで、手の震えが治まるどころかなおも大きくなっていく。

「……は、はやく。はやくしないと!」

 焦る星を尻目に、右腕と右足に巻き付いた物が嘲笑う様に地面を波打っている。

 っとその時、星の指がエクスカリバーの項目を捉えた。

 星は「よし!」と思わず口に出し、それを装備欄の体の左手の方へとドラッグする。同時に星の左手にエクスカリバーが現れ、星は素早く固有スキルを唱える為に口を開く。

「ソードマスターオーバーレ……」

 後一文字というところで地面を突き抜けて現れた木の根に、星の左手に握られていたエクスカリバーが弾かれた。

 空中を回転しながら、星の遥後方へと飛ばされた剣先が地面に突き刺さる。

「し、しまっ……」

 無駄だと分かっていながらも、咄嗟に飛ばされたエクスカリバーの方へと伸ばした手を新たに出てきた木の根に掴まれ、直後に唯一残っていた左足までも巻き付かれて星の体は地面に大の字に拘束されてしまう。

 悔しそうに唇を噛み締める星。

 最後の頼みだったエクスカリバーを弾き飛ばされてしまえば、固有スキルの使えない星は無力でしかない。
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