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ライラの企み8

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 突然の出来事に、脳の判断速度が付いていかず、目を丸くして驚く星の体を立たせて身を翻す。

 マントがなびく僅かな時間だったが、星の瞳には確かに青く輝く綺麗な瞳が映った。その瞳は慈愛に満ちていて、口元からは微かな笑みがこぼれていた。

 星は『今しかない』と感じ、咄嗟に口を開き。

「……あの。ありがとうございました」
「…………」

 お礼を口にする星に彼女は一瞬立ち止まったものの。振り返ることもなく無言のまま、空間の裂け目へと消えていった。

 しばらくの間、星はマントの女性が消えた場所を見つめていた。上手く説明はできないものの、彼女からは不思議な雰囲気を感じる。
 温かい様な懐かしいような複雑だけど心地いい何か……もちろん。それが何かは分からないが、敵ではないということは確かである。

 っと、ふと星は真っ二つに切り裂かれたライラのことを思い出して、辺りを見渡す。だが、そこに彼女の姿はない。

 しかし、それは不可解だ。本来、撃破されたのであれば光になって消えるはず。
 消えるにしても、消滅するエフェクトが出るのが当たり前なのだが、星の記憶が正しければそんな現象は確認していない。

 不安そうな表情で、なおも星が辺りを見渡している。

(……ライラさん。もしかして本当に……)

 そんな考えが脳裏を過った。

 本当ならば、突然襲い掛かってきたライラの心配を星がするのは筋違いだ。
 それもそうだろう。あのマントの人物が現れければ、殺されていたのは星の方だったかもしれないのだから。

 だが、それでも相手を心配をしてしまうのは、星の優しさ――いや、甘さなのだろう……。

 月明かりで薄っすらと照らし出される湖の水面や木陰などを見渡している星の耳に、突如としてライラの声が飛び込んできた。

「ふぅ~。ミスターから自動蘇生アイテムを渡されていなければ、さすがに危なかったわ……」

 ライラは星から離れた木の上で驚きながら、今は元通りになっている斬られた箇所を指でなぞって言った。

 その後、地面から見上げている星を見下ろし、不敵な笑みを浮かべる。

「さすが、GM権限を持っている子は違うわね~。チートがなければお姉さん死んじゃってたわ~」
「GM? チート?」

 言葉の意味の分からない星は、ゲーム用語を聞いてただただ首を傾げるばかりだ。しかし、そんなことはお構いなしにライラは更に言葉を付け加える。

「でも……星ちゃん。貴女は恵まれているわよ?」
「……恵まれている?」
「ええ、今の状況にも。そして……運命にも……」

 ライラの口から出た『恵まれている』という言葉が今ひとつ理解できないし、実感もできない。もちろん。星は日頃から、自分が恵まれていると感じることは少ない。いや、ないと言っても過言ではないだろう。

 母子家庭と言うこともあり。わがままは言えないし、母親との会話も殆どない。学校では空気になるように徹している。それでもちょっかいを出されることも度々だが……。

 そんな星にも、唯一恵まれていると感じる時はある。それは、忙しい母が朝ご飯を作り置きしてくれている時やお小遣いで本を買った時だ。この時ばかりは、自分は恵まれていると感じる。

 世界は広く。他の国には自分よりも貧しい生活をしている子がたくさんいる。それは日頃から1人の時間の多い星は、テレビなどを見て知っていた。

 確かに日本にはそう居ないが、それでも自分よりも大変な境遇の子はたくさん居るだろう――その子達に比べれば、自分は父親が居ないのと、母親とあまり話をする時間が取れないというだけ。しかし、それでもやっぱり。考えてみると、自分は恵まれてはいない方なのだろう。

 そう実感すると、不思議と涙が星の頬を伝い落ちた。

 星は慌てて零れ落ちる涙を手で頬を拭う。

(……いつからこんなに泣き虫になったんだろう……)

 必死に溢れてくる涙を押さえ込もうと目を擦る星に、ライラが見透かしたように目を細めると冷たく告げる。

「――泣いたところで問題は解決しないわよ? 貴女はこのゲームを発案した父親の代わりに、このゲームに閉じ込められている人々を救う義務がある。現実世界では子供で許されても、こっちの世界ではそうはいかない。貴女は人より秀でた能力を持っているのよ? その力は人々の為に使ってこそ輝く。そして、貴女には拒否権はない」
「……人の為にとか……義務とか……難しいことは分かりません。でも、私は元の世界に帰りたい!」

 腕で涙を拭い去ると、星はライラを見上げた。

 決意に満ちた星の瞳を見て、ライラは微かに笑みを見せると。

「まあ、今はその答えでいいわ……」

 っと告げ、なにやら指を動かして操作を始めた。

 それを見つめていると、星に向かってライラが何かを放り投げる。ふんわりと宙を舞って、月明かりに照らされキラキラと反射するそれを、星はなんとかキャッチした。星の小さな手の平にすっぽりと収まっているその物体を見直して星は不思議そうに首を傾げる。

 それもそのはずだ。星の手には小さな首飾りが握られていた。
 皮の紐に鳩を象った飾り、その瞳の部分に小さく光る紫色の宝石が埋め込まれている。彼女からの突然のプレゼントに、ただただ困惑している星に向かってライラが口を開く。

「それは制御装置よ。貴女の固有スキルは今の貴女では制御しきれず、光の放出量の調整まではできない。でもそのアクセサリーは貴女の脳波に反応して、貴女に変わってオートで出力制御してくれる。でも――」

 ライラがそこまで言った直後、星の前を凄まじい勢いでエミルが駆けていった。

 エミルは剣を抜くと、全力で地面を蹴ってライラに飛び掛かる。

「ライラー!!」

 叫びながら、エミルは手に握られたクレイモアを力の限り振り抜く。すると、一瞬の閃光を放ち、轟音を響かせながら木の幹もろとも斬り裂いた。
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