上 下
442 / 596

湖の主2

しおりを挟む
 その直後、ミレイニの不安が現実なものへと変わり、再びエリエに頬を引っ張られた。

「いはいひ~」
「どうしてそんな危ない事をするのかな~? あなたは~!」   
「へも~かあひひかあ~」
「どんなにかわいくても、危ないことはダメでしょ~?」

 ミレイニの頬をグリグリと引っ張りながら、エリエの目と眉が更に釣り上がる。

「ほら、ごめんなさいは?」
「ほえんなはい! ほえんなはい~!!」

 ミレイニが謝ったことで、仕方なくエリエは頬から手を放す。諦めたような小さなため息の後に短く「早く服を着なさい」とだけ告げた。

 瞳を潤ませ頬を撫でていたミレイニはまた頬を引っ張られたら堪らないと、慌てて装備欄を開いて服を装備した。

「こ、これでいいし?」

 っとエリエに尋ねると、エリエは満足そうに頷く。

 そして、もう一度巨大な山椒魚の方を見て困り顔で眉をひそめた。

「でも、私もエミル姉のマイハウスには、事件前からちょくちょく来てたけど、こんな大きいの見たことないんだけど……」

 巨大な山椒魚を見上げてわずかに顔を引き攣らせていることから、エリエは爬虫類系は嫌いなのが見て取れる。

 その後、巨大な山椒魚の体からは想像もできないような小さくつぶらな黒い瞳がキラキラと輝きながらエリエを捉え、エリエの背筋に悪寒が走った。

「ちょっとミレイニ! その大きなトカゲ、しまいなさいよ!」

 エリエは少し裏返った声で言うと、ミレイニはどうしてしまわなければならないのかと言わんばかりに首を傾げていた。
 彼女にとっては、このオオサンショウウオのようなルックスにつぶらな瞳の一見妖怪の様な容姿のこの生物に、他のペットと同じ情を持っているのだろう。

 気持ち悪いとは思いつつ、ミレイニを傷付けないようにできるだけオブラートに包んで伝えなければ……と捻り出した言葉は「このままじゃ、体が乾いちゃって可哀想でしょ?」だった。

 その言葉を聞いたミレイにも納得したのか、ポンっと手の平を叩いて巨大な山椒魚の方を向いた。

「それじゃ、また後でね。ナポレオン」

 巨大な山椒魚は無言のまま、ゆっくりと巨大な体を回転させるとのしのしと重い足取りで湖の中へと戻っていく。それを呆然と見つめながら『湖に戻るのかよ……』と思いながら、そっと巨大な山椒魚を記憶の中から消去した。

 まあ、こんな妖怪か怪獣の類のまさにモンスターにも歴史上の偉人の名前を付けるとは……。

 っということがエミル達の居ない間に起きていたのだ。

 事の次第を説明し終えると、エリエはエミルに同意を求める様に。

「もう信じられないでしょ?」

 そう詰め寄ると、エミルも困った様子で苦笑いをしながら「それはさすがにね」と仕方なく相槌を打つ。
 この時のエミルの心の中には『エリエも対して変わらない』という思いがあったが、それをエリエに告げることはなかった。すると、エリエは「ほら」とミレイニに告げる。

 ミレイニは渋い顔をして俯いたが、このままでは自分の立場が悪くなると感じてすぐに反論を始めた。

「だって! 湖に入っちゃえば誰も見てないし。それに、別に男子に見られたってどうって事ないし! エリエは自意識過剰過ぎるし!」

 売り言葉に買い言葉で放ったミレイニの『自意識過剰』という言葉に、エリエの頭からブチッと血管の切れる音がした。

「うわああああああああああああああッ!!」

 直後。エリエが顔を真っ赤にして、まるで赤鬼の様に荒ぶりながら拳を振り上げる。

 その様子に驚いたミレイニがその後にくるであろう出来事を予想し、バスタオルを巻きつけたの姿で脱兎の如く走り去っていく。

「だから、服を着なさいって言ってるでしょ~!!」  
 
 エリエはバスタオルがはだけそうになりながら、部屋の中を駆け回るミレイニを追いかけ回す。
 すると、騒ぎを聞きつけ。キッチンで料理をしていたイシェルがエプロン姿のまま出てきた。

 何故か、その手には包丁が握られている。

「うるさくしたらあかんよ? 2人共、大人しくしてな~」

 笑顔でそう言ったイシェルだったが、その笑顔とは裏腹に手に持たれた包丁は不気味に輝いていた。

 エリエもミレイニもその場でピタリと止まり、ゆっくりと後退りしてエミル達の方へと戻っていく。それを見て、イシェルはにっこりと微笑みキッチンへと戻っていった。

 イシェルの姿が消えた直後、笑顔を浮かべるその体から放たれている殺気に、2人はガクガクブルブルと震え出す。

 普段からどこか影があるイシェルは、本当にやりかねないと思ったのだろう。まあ、イシェルは掴み難い性格をしているのは事実だが……。

 そうこうしているとマスターとカレン、デイビッドが現れる。

 彼等は険しい表情をして廊下を歩いてくると、マスターがその表情を崩さずにエミルに告げる。

「おう。帰っておったか、エミル。悪いがすぐに今後の対策について話がしたい」

 その場の雰囲気からして深刻そうな重苦しさに、エミルには断るという選択肢は元からなかったのだろう。

 彼女は小さく頷くと、ひどく神妙な面持ちでリビングのテーブルへと歩いていく。エミルの後ろ姿を見ていれば、星にも事の重大さを容易に察することができる。

 星は肩に乗っているレイニールの方を向いて表情を曇らせた。だが、レイニールは微笑みを浮かべるだけで。

「大丈夫じゃ! 我輩はなにがあっても主の味方じゃ!」
「うん。ありがとう、レイ」

 レイニールの言葉に不安だった心が、少しだけ和らいだ気がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

未来への転送

廣瀬純一
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【実話】友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
青春
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...