424 / 586
2人の時間6
しおりを挟む
マントの隙間から綺麗な青い瞳が星を見つめていた。その瞳は、エミルの様に優しく真っ直ぐに星を見つめている。
「敵に殺意を向けられて、剣も抜かなければ殺されると分からないのか?」
表情を曇らせ無言のまま再び俯く星に、マントの人物はそれ以上言葉を掛けることなく身を翻すと、持っていた剣を振った。
すると、空間に大きな裂け目が現れ、そこにマントの人物が入っていく。
「……命を無駄にするな」
去り際にそう告げたマントの人物は、その後振り返ることなく裂け目の中に完全に姿を消す。
その言葉を聞いた星の瞳から、一気に溢れ出した涙が頬を伝う。
さっき生きていることを全否定されたからか、そのマントの人物の言葉が星の心に痛いほど響いた。
脱力するように地面にペタンと座り込んだ星は、そのまま顔を押さえることなく泣き続ける。すると、エミルが慌てた様子で駆け寄って星を抱き寄せる。
「良く分からないけど。無事で良かったわ、星ちゃん……」
エミルは星が泣き止むまで、彼女の体をしっかりと抱きしめ続けた。
幸か不幸かその事件のおかげで宿屋に空きができたことにより、何とか2人は宿泊することができた。
散り散りになった宿屋に宿泊する予定だったプレイヤーは、惨劇の後に殆どが姿を消して宿屋の中は急に閑散としている。
つい数分前までは多くの人で賑わっていたテーブルも、今は数組のプレイヤーが座っているだけだ。しかし、その顔に生気はなく。おそらく彼等は今晩不安で眠ることができないだろう。
そんな彼等を残し、取った部屋へと向かう。二階の廊下の一番奥の部屋で、中はベッドが置かれ、角部屋ということもあり窓からは景色が一望でき、小さな浴室もあるビジネスホテルの様な簡単な造りになっていた。
「星ちゃんはここでちょっと待っててね。私はお風呂を入れてくるから」
星をベッドに座らせ、エミルは浴室にお湯を溜める為にその場を後にした。
ベッドに腰を下ろした星は、まだジンジンと痛む頬を撫でた。
「――はたかれた……痛かった……」
頬を撫でる手を伝って、ポロポロと瞳から溢れ出した涙が太股を濡らす。
頬を平手ではたかれたのは、あれが生まれて始めてだった――驚いたのもあるし、何より悲しかったのだ。涙を流すのも無理もないだろう。
一度引っ込んだはずの涙が、抑えようとすればするほど溢れ出してきて止まらない。
視界は涙で霞み、心は引き裂かれた様に痛む。しかし今の星には、もうどうしたらいいのか分からなかった……。
「……私は頑張ってる。一生懸命やってるのに……上手くいかないよ……生きててもダメ。死んでもダメなら私は……私はいったい……どうしたらいいの?」
思い詰めた表情のまま、部屋の一点を見つめる星。
この一日で色々なことを言われて、相当動揺しているのだろう。だが、それも無理はない話だ。今までにも、自分の存在を否定されたことは何度かあった。
そして『生まれてきて本当に良かったのか』この考えは、今までにも何度か脳裏に浮かんできたものだ。
しかし、いつも自分を奮い立たせるようにして、人に不快に思われないようにして、ここまで頑張ってきたつもりだった。
少しでも誰かに必要とされようと……親しい人に気に入られたいと思って、自分を押し殺してまで愛嬌を振りまいてきた。
星の頭で理解できる許容範囲を超えていた。そんな時、座っていたベッドが更に深く沈んだ。
横を見ると、そこにはエミルが心配そうに星を見つめている姿があった。
「どうしたの? やっぱり体調が悪い?」
「……エミルさん。さっきの人に叩かれて……それで……」
こう言えばエミルは怒ると思っていたのか、言い難そうに掻き消えそうな声で告げると。
「さっきの人? 刀を持って襲いかかってきた人?」
っと、星の言葉にエミルは首を傾げて聞き返す。
「違います。マントの人にです」
すぐに星は言葉を返したが、何故かそれを聞いたエミルは困った様に眉をひそめて告げる。
「――マントの人? ごめんなさい、星ちゃんが何を言っているのか、私には分からないわ。あなたは1人で、あの刀の人を倒したんでしょ?」
「……えっ?」
そんなエミルに星は驚いた様に目を丸くさせた。
それもそのはずだ。エミルの言ってることが真実ならば、自分の見たあの人物はエミルには見えていなかったことになる。
だが、そんなことは俄には信じがたい事実だ――もしエミルの言っている話が本当ならば、今も痛む頬の説明がつかない。
いや、それだけではない。あの人物が星以外誰にも見えてなかったとしたのなら、星は幽霊とでも鉢合わせたとでも言うのだろうか?
このデジタルな世界で、現実世界でも科学で裏付けができないほど不確かな存在である幽霊が人が科学技術で作り上げた世界にいるはずがないのだ。
もしもそんなことがあるとすれば、得体の知れない存在を科学で立証できない存在を科学が作り出しているという矛盾が生じてしまうのだから……。
「敵に殺意を向けられて、剣も抜かなければ殺されると分からないのか?」
表情を曇らせ無言のまま再び俯く星に、マントの人物はそれ以上言葉を掛けることなく身を翻すと、持っていた剣を振った。
すると、空間に大きな裂け目が現れ、そこにマントの人物が入っていく。
「……命を無駄にするな」
去り際にそう告げたマントの人物は、その後振り返ることなく裂け目の中に完全に姿を消す。
その言葉を聞いた星の瞳から、一気に溢れ出した涙が頬を伝う。
さっき生きていることを全否定されたからか、そのマントの人物の言葉が星の心に痛いほど響いた。
脱力するように地面にペタンと座り込んだ星は、そのまま顔を押さえることなく泣き続ける。すると、エミルが慌てた様子で駆け寄って星を抱き寄せる。
「良く分からないけど。無事で良かったわ、星ちゃん……」
エミルは星が泣き止むまで、彼女の体をしっかりと抱きしめ続けた。
幸か不幸かその事件のおかげで宿屋に空きができたことにより、何とか2人は宿泊することができた。
散り散りになった宿屋に宿泊する予定だったプレイヤーは、惨劇の後に殆どが姿を消して宿屋の中は急に閑散としている。
つい数分前までは多くの人で賑わっていたテーブルも、今は数組のプレイヤーが座っているだけだ。しかし、その顔に生気はなく。おそらく彼等は今晩不安で眠ることができないだろう。
そんな彼等を残し、取った部屋へと向かう。二階の廊下の一番奥の部屋で、中はベッドが置かれ、角部屋ということもあり窓からは景色が一望でき、小さな浴室もあるビジネスホテルの様な簡単な造りになっていた。
「星ちゃんはここでちょっと待っててね。私はお風呂を入れてくるから」
星をベッドに座らせ、エミルは浴室にお湯を溜める為にその場を後にした。
ベッドに腰を下ろした星は、まだジンジンと痛む頬を撫でた。
「――はたかれた……痛かった……」
頬を撫でる手を伝って、ポロポロと瞳から溢れ出した涙が太股を濡らす。
頬を平手ではたかれたのは、あれが生まれて始めてだった――驚いたのもあるし、何より悲しかったのだ。涙を流すのも無理もないだろう。
一度引っ込んだはずの涙が、抑えようとすればするほど溢れ出してきて止まらない。
視界は涙で霞み、心は引き裂かれた様に痛む。しかし今の星には、もうどうしたらいいのか分からなかった……。
「……私は頑張ってる。一生懸命やってるのに……上手くいかないよ……生きててもダメ。死んでもダメなら私は……私はいったい……どうしたらいいの?」
思い詰めた表情のまま、部屋の一点を見つめる星。
この一日で色々なことを言われて、相当動揺しているのだろう。だが、それも無理はない話だ。今までにも、自分の存在を否定されたことは何度かあった。
そして『生まれてきて本当に良かったのか』この考えは、今までにも何度か脳裏に浮かんできたものだ。
しかし、いつも自分を奮い立たせるようにして、人に不快に思われないようにして、ここまで頑張ってきたつもりだった。
少しでも誰かに必要とされようと……親しい人に気に入られたいと思って、自分を押し殺してまで愛嬌を振りまいてきた。
星の頭で理解できる許容範囲を超えていた。そんな時、座っていたベッドが更に深く沈んだ。
横を見ると、そこにはエミルが心配そうに星を見つめている姿があった。
「どうしたの? やっぱり体調が悪い?」
「……エミルさん。さっきの人に叩かれて……それで……」
こう言えばエミルは怒ると思っていたのか、言い難そうに掻き消えそうな声で告げると。
「さっきの人? 刀を持って襲いかかってきた人?」
っと、星の言葉にエミルは首を傾げて聞き返す。
「違います。マントの人にです」
すぐに星は言葉を返したが、何故かそれを聞いたエミルは困った様に眉をひそめて告げる。
「――マントの人? ごめんなさい、星ちゃんが何を言っているのか、私には分からないわ。あなたは1人で、あの刀の人を倒したんでしょ?」
「……えっ?」
そんなエミルに星は驚いた様に目を丸くさせた。
それもそのはずだ。エミルの言ってることが真実ならば、自分の見たあの人物はエミルには見えていなかったことになる。
だが、そんなことは俄には信じがたい事実だ――もしエミルの言っている話が本当ならば、今も痛む頬の説明がつかない。
いや、それだけではない。あの人物が星以外誰にも見えてなかったとしたのなら、星は幽霊とでも鉢合わせたとでも言うのだろうか?
このデジタルな世界で、現実世界でも科学で裏付けができないほど不確かな存在である幽霊が人が科学技術で作り上げた世界にいるはずがないのだ。
もしもそんなことがあるとすれば、得体の知れない存在を科学で立証できない存在を科学が作り出しているという矛盾が生じてしまうのだから……。
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本国転生
北乃大空
SF
女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。
或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。
ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。
その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。
ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。
その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる