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2人の時間6
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マントの隙間から綺麗な青い瞳が星を見つめていた。その瞳は、エミルの様に優しく真っ直ぐに星を見つめている。
「敵に殺意を向けられて、剣も抜かなければ殺されると分からないのか?」
表情を曇らせ無言のまま再び俯く星に、マントの人物はそれ以上言葉を掛けることなく身を翻すと、持っていた剣を振った。
すると、空間に大きな裂け目が現れ、そこにマントの人物が入っていく。
「……命を無駄にするな」
去り際にそう告げたマントの人物は、その後振り返ることなく裂け目の中に完全に姿を消す。
その言葉を聞いた星の瞳から、一気に溢れ出した涙が頬を伝う。
さっき生きていることを全否定されたからか、そのマントの人物の言葉が星の心に痛いほど響いた。
脱力するように地面にペタンと座り込んだ星は、そのまま顔を押さえることなく泣き続ける。すると、エミルが慌てた様子で駆け寄って星を抱き寄せる。
「良く分からないけど。無事で良かったわ、星ちゃん……」
エミルは星が泣き止むまで、彼女の体をしっかりと抱きしめ続けた。
幸か不幸かその事件のおかげで宿屋に空きができたことにより、何とか2人は宿泊することができた。
散り散りになった宿屋に宿泊する予定だったプレイヤーは、惨劇の後に殆どが姿を消して宿屋の中は急に閑散としている。
つい数分前までは多くの人で賑わっていたテーブルも、今は数組のプレイヤーが座っているだけだ。しかし、その顔に生気はなく。おそらく彼等は今晩不安で眠ることができないだろう。
そんな彼等を残し、取った部屋へと向かう。二階の廊下の一番奥の部屋で、中はベッドが置かれ、角部屋ということもあり窓からは景色が一望でき、小さな浴室もあるビジネスホテルの様な簡単な造りになっていた。
「星ちゃんはここでちょっと待っててね。私はお風呂を入れてくるから」
星をベッドに座らせ、エミルは浴室にお湯を溜める為にその場を後にした。
ベッドに腰を下ろした星は、まだジンジンと痛む頬を撫でた。
「――はたかれた……痛かった……」
頬を撫でる手を伝って、ポロポロと瞳から溢れ出した涙が太股を濡らす。
頬を平手ではたかれたのは、あれが生まれて始めてだった――驚いたのもあるし、何より悲しかったのだ。涙を流すのも無理もないだろう。
一度引っ込んだはずの涙が、抑えようとすればするほど溢れ出してきて止まらない。
視界は涙で霞み、心は引き裂かれた様に痛む。しかし今の星には、もうどうしたらいいのか分からなかった……。
「……私は頑張ってる。一生懸命やってるのに……上手くいかないよ……生きててもダメ。死んでもダメなら私は……私はいったい……どうしたらいいの?」
思い詰めた表情のまま、部屋の一点を見つめる星。
この一日で色々なことを言われて、相当動揺しているのだろう。だが、それも無理はない話だ。今までにも、自分の存在を否定されたことは何度かあった。
そして『生まれてきて本当に良かったのか』この考えは、今までにも何度か脳裏に浮かんできたものだ。
しかし、いつも自分を奮い立たせるようにして、人に不快に思われないようにして、ここまで頑張ってきたつもりだった。
少しでも誰かに必要とされようと……親しい人に気に入られたいと思って、自分を押し殺してまで愛嬌を振りまいてきた。
星の頭で理解できる許容範囲を超えていた。そんな時、座っていたベッドが更に深く沈んだ。
横を見ると、そこにはエミルが心配そうに星を見つめている姿があった。
「どうしたの? やっぱり体調が悪い?」
「……エミルさん。さっきの人に叩かれて……それで……」
こう言えばエミルは怒ると思っていたのか、言い難そうに掻き消えそうな声で告げると。
「さっきの人? 刀を持って襲いかかってきた人?」
っと、星の言葉にエミルは首を傾げて聞き返す。
「違います。マントの人にです」
すぐに星は言葉を返したが、何故かそれを聞いたエミルは困った様に眉をひそめて告げる。
「――マントの人? ごめんなさい、星ちゃんが何を言っているのか、私には分からないわ。あなたは1人で、あの刀の人を倒したんでしょ?」
「……えっ?」
そんなエミルに星は驚いた様に目を丸くさせた。
それもそのはずだ。エミルの言ってることが真実ならば、自分の見たあの人物はエミルには見えていなかったことになる。
だが、そんなことは俄には信じがたい事実だ――もしエミルの言っている話が本当ならば、今も痛む頬の説明がつかない。
いや、それだけではない。あの人物が星以外誰にも見えてなかったとしたのなら、星は幽霊とでも鉢合わせたとでも言うのだろうか?
このデジタルな世界で、現実世界でも科学で裏付けができないほど不確かな存在である幽霊が人が科学技術で作り上げた世界にいるはずがないのだ。
もしもそんなことがあるとすれば、得体の知れない存在を科学で立証できない存在を科学が作り出しているという矛盾が生じてしまうのだから……。
「敵に殺意を向けられて、剣も抜かなければ殺されると分からないのか?」
表情を曇らせ無言のまま再び俯く星に、マントの人物はそれ以上言葉を掛けることなく身を翻すと、持っていた剣を振った。
すると、空間に大きな裂け目が現れ、そこにマントの人物が入っていく。
「……命を無駄にするな」
去り際にそう告げたマントの人物は、その後振り返ることなく裂け目の中に完全に姿を消す。
その言葉を聞いた星の瞳から、一気に溢れ出した涙が頬を伝う。
さっき生きていることを全否定されたからか、そのマントの人物の言葉が星の心に痛いほど響いた。
脱力するように地面にペタンと座り込んだ星は、そのまま顔を押さえることなく泣き続ける。すると、エミルが慌てた様子で駆け寄って星を抱き寄せる。
「良く分からないけど。無事で良かったわ、星ちゃん……」
エミルは星が泣き止むまで、彼女の体をしっかりと抱きしめ続けた。
幸か不幸かその事件のおかげで宿屋に空きができたことにより、何とか2人は宿泊することができた。
散り散りになった宿屋に宿泊する予定だったプレイヤーは、惨劇の後に殆どが姿を消して宿屋の中は急に閑散としている。
つい数分前までは多くの人で賑わっていたテーブルも、今は数組のプレイヤーが座っているだけだ。しかし、その顔に生気はなく。おそらく彼等は今晩不安で眠ることができないだろう。
そんな彼等を残し、取った部屋へと向かう。二階の廊下の一番奥の部屋で、中はベッドが置かれ、角部屋ということもあり窓からは景色が一望でき、小さな浴室もあるビジネスホテルの様な簡単な造りになっていた。
「星ちゃんはここでちょっと待っててね。私はお風呂を入れてくるから」
星をベッドに座らせ、エミルは浴室にお湯を溜める為にその場を後にした。
ベッドに腰を下ろした星は、まだジンジンと痛む頬を撫でた。
「――はたかれた……痛かった……」
頬を撫でる手を伝って、ポロポロと瞳から溢れ出した涙が太股を濡らす。
頬を平手ではたかれたのは、あれが生まれて始めてだった――驚いたのもあるし、何より悲しかったのだ。涙を流すのも無理もないだろう。
一度引っ込んだはずの涙が、抑えようとすればするほど溢れ出してきて止まらない。
視界は涙で霞み、心は引き裂かれた様に痛む。しかし今の星には、もうどうしたらいいのか分からなかった……。
「……私は頑張ってる。一生懸命やってるのに……上手くいかないよ……生きててもダメ。死んでもダメなら私は……私はいったい……どうしたらいいの?」
思い詰めた表情のまま、部屋の一点を見つめる星。
この一日で色々なことを言われて、相当動揺しているのだろう。だが、それも無理はない話だ。今までにも、自分の存在を否定されたことは何度かあった。
そして『生まれてきて本当に良かったのか』この考えは、今までにも何度か脳裏に浮かんできたものだ。
しかし、いつも自分を奮い立たせるようにして、人に不快に思われないようにして、ここまで頑張ってきたつもりだった。
少しでも誰かに必要とされようと……親しい人に気に入られたいと思って、自分を押し殺してまで愛嬌を振りまいてきた。
星の頭で理解できる許容範囲を超えていた。そんな時、座っていたベッドが更に深く沈んだ。
横を見ると、そこにはエミルが心配そうに星を見つめている姿があった。
「どうしたの? やっぱり体調が悪い?」
「……エミルさん。さっきの人に叩かれて……それで……」
こう言えばエミルは怒ると思っていたのか、言い難そうに掻き消えそうな声で告げると。
「さっきの人? 刀を持って襲いかかってきた人?」
っと、星の言葉にエミルは首を傾げて聞き返す。
「違います。マントの人にです」
すぐに星は言葉を返したが、何故かそれを聞いたエミルは困った様に眉をひそめて告げる。
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そんなエミルに星は驚いた様に目を丸くさせた。
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いや、それだけではない。あの人物が星以外誰にも見えてなかったとしたのなら、星は幽霊とでも鉢合わせたとでも言うのだろうか?
このデジタルな世界で、現実世界でも科学で裏付けができないほど不確かな存在である幽霊が人が科学技術で作り上げた世界にいるはずがないのだ。
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