オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~

北条氏成

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内気な影5

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 1人でいてこんなに心地がいいと思えたことが、今まで生きてきてあっただろうか。

 いつもならレイニールが頭の上か周りを飛び回っているはずなのだが、何故か今朝から姿を見せない。

 文字通り、本当に1人になったのは物凄く久しぶりな気がする。

 着ている服を脱いで、持ってきた服に袖に通す。
 黒い服に身を包んでいると、まるで影になったような感覚になる。いっそこのまま誰の目にも映らなければ、どんなに楽だろうか……。

 スカートを脱いでズボンをはくと、鏡に映し出される。その姿はとても質素で、とても個性と言えるものはない。皆無と言ってもいいほどに……しかし、自分の姿がとても自分らしく思えた。

 この世界に来てからというもの、自分の意志とは関係なく可愛い格好をさせられることが多かった。だが、それを一度たりとも自分らしいとか、似合っていると思ったことはない。

 星は俯き加減に表情を曇らせると、もう一度鏡に映った自分を見た。

「……目立つ服は目立つ子が着ればいい。私は地味で目立たないのが合ってるんだ……」

 小さく、でも自分に言い聞かせるように呟くとカーテンを開けた。

 更衣室の前には、エミルが突然出てきた星に驚きながらも、その姿を見て苦笑いを浮かべている。
 両手を胸の前で合わせ「まあ、素材を活かす感じがいいわね」と苦しい褒め言葉を告げたエミルとは対称的に、イシェルは笑いを堪えられずに吹き出す。

「あはははっ! あかん! それはあかん!」
「ちょっとイシェ! 笑ったら可哀想でしょ!」
「そやかて、黒に黒を合わせたら黒子にしか見えひんよ~」

 口を押さえながら、なおも笑いをなんとか堪えているイシェル。

 だが、笑われたということによる羞恥心から、顔を耳まで真っ赤に染めて震えながら俯いている星をエミルが慰める。
 
「だ、大丈夫! ちょっと選ぶのに時間がなかっただけ。今度は上手くいくわよ!」
「……もういいです」

 そう言って更衣室に戻ってカーテンを閉め始めたその時、突如それを遮る様に手が入り込んできた。

 無理やり閉めようとする星の手を跳ね除け、閉めかかっていたカーテンが強引に開かれた。だが、そこに居たのはエミルではなく……。

「そないな格好で納得でけへん! なら、うちに任せてーな! 最高に可愛くして上げるさかい!!」
「えぇ……」

 イシェルはそう力強く答えると、決意に満ちた表情で手をぎゅっと握り締めると。

「最高にかいらしい大和撫子にしてあげるわ!」
 
 っと、今度は自信満々に親指を立てた。

 星は突然のイシェルの変貌ぶりに動揺しながらも、頭をブンブンと横に振ってそれを拒否する。

 それもそのはずだ。星としてはこれで洋服を買うということを中止にしたかった。いや、流れ的にできそうになっていたはずだった。
 それにも関わらず、さっきまで笑い声を抑えていたイシェルが急にやる気になるなんて想定の範囲外のことで、この状況下では要らぬお世話な訳だ。

(……このままじゃ、また着替えさせられる! こうなったら……)

 星は一瞬の隙を突いて更衣室を飛び出すと、店の出口に向かって全力で走った。

 その直後、イシェルの目の前を通過しようとした星の肩を掴む。

「――逃げてもええけど……うちとエミルの楽しみを奪ったゆうんで、後で死んだ方がえかったと思えるくらい。きつーいおしおきが待っとるよ。そんでも逃げるん?」

 耳元で低く狂気を含んだ声音でささやかれ、星は思わず動けなくなった。 
 全身から冷や汗が吹き出す感じと、背筋を走る悪寒がいっぺんに押し寄せる。

 星が恐怖に負け、無言のまま頷くと「うんうん。ええ子や~」と頭を撫でられ、更衣室の中に戻されてしまう。

 カーテンを閉められ、さっきの言葉を思い出す。

 さっき彼女の「うちとエミルの」と言う言葉が星には一瞬で理解した。
 イシェルという人物の中には、自分とエミルのことしかないのだ。そこには星のことなど微塵もないのだと……。

  自分で選んだ黒と黒の服を手に更衣室へと入ると、重苦しい雰囲気の中で服を脱いで着替える。

 以前にも、2人の間に入れないと思ったことはあった。だが、面と向かって言われると、どうしても胸のところが苦しくなる。

 しかも、イシェルにとっての自分はエミルの付属品でしかなく、彼女は星自身を認めていない。

(……きっと。エミルさんにとっての私は岬さん変わり……なんだろうな……)

 以前隣で眠るエミルの口にした妹の名前を、星は思い出していた。
 自分は誰にも特別ではなく。単なる模造品、劣化品でしかない――そう思うと、なんだか悲しい気持ちになって胸が苦しくなる。

 しかし『自分が誰かの特別になりたい』そんなことはおこがましい願いだと、分かっていたはずだった。
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