上 下
410 / 586

ドタバタな日々12

しおりを挟む
 学校生活で日常的に感じる孤独。また、クラスメイト達からの軽蔑の冷たい眼差しや、己の自己防衛だけを第一に考え手を差し伸べてくれるはずのない教師達の冷めた対応の数々。

 家に帰れば1人だけの静かな部屋に、自分を押し流すかの如く襲ってくる孤独と不安という感情の大波。

 毎日が同じことの繰り返しで、日々蓄積されるストレスを『自分より酷い人は世の中にたくさん居る。だからこのぐらいの事で弱音を吐いていてはだめ、もっと頑張らないといけない』という自己暗示によって、星は闇に落ちそうになる精神を辛うじて保っていたのだ。

 しかし、普段から星を取り巻く環境は冷たく。そして冷酷だった……。

 改善するどころか悪化の一途を辿るそんな中で、手を差し伸べる者も手を取ってくれる者もいなかった。

 このゲームの世界に来てからの星の心を支配していたのは『孤独』ではなく『恐怖』だろう。

 いつになれば元の世界に戻れるのか分からない『恐怖』

 いつ死ぬか分からない『恐怖』

 他人と触れ合うという『恐怖』

 現実世界に戻った時に元の何もない生活に戻って、自分の心が耐えられるかという不安と『恐怖』

 そして今は……この事件で得たものをすべて失う『恐怖』

 それが星の心を荒縄の様に――いや、鉄の鎖。いいや、更に強固なステンレス製の鎖に雁字搦めに縛り付けられているのだ。   
 そのあるはずもない鎖より、抱き締められているエミルの腕の方が物理的に苦しいはずだった。なのだが……今、自分を抱き寄せるその腕がとても温かく、エミルの胸の柔らかさに安らぎを感じた。

 だとしても、星の瞳から涙が溢れて止まらないのは、それが理由の全てじゃないことも事実だった。

(……お母さん)

 もし、これが自分の母親なら、きっと何よりも嬉しかっただろう『生まれてきて良かった……』そう思えたのだろう。瞳を閉じれば、エミルを母親だと錯覚できるかもしれない。

 だが、そんなことをするのはエミルに失礼だということも分かっていた。何故なら彼女は星の為に、こんなことをしてくれているのだから……。

 声を殺して泣きながらエミルの胸に顔を埋めている星の頭を、なおも撫で続けている彼女に。

「……どうして優しくするんですか?」
「星ちゃんに優しくするのに、どうして理由が必要なの?」
「……だって、私は何も返せないし。優しくしてもらえるような事もしてません……」

 少し意地悪だっただろうが、星のその言葉は真実から口にしたものだ。
 これまでの出来事を考えても、これからの出来事を考えても戦闘でも生活面でも何をとっても、星にエミルを超えられるものが存在しない。

 どんなに好意を向けられても、星にはそれを彼女に返せるものがないし。物を上げるにしても、初心者プレイヤーが上級者プレイヤーにあげて喜ばれる物など殆どないだろう。

 今の星には、エミルに喜んでもらえる様な物など一つもない。彼女の胸から顔を放し俯く。
 自分が彼女に与えられるものはない。何度も助けられ、今もこうして彼女の城で面倒を見てもらっている。

 それはとてもフェアな状況とは言えたものではない。人と人との関係とは、与えられたらその分を返さなくては人間関係は崩壊する。
 それもそうだろう。必要とするだけでは、大概の人間は自分に得る物がないにも関わらず、擦り寄って来る人間を良くは思わないはずだ。

 特にそれが同性となれば、責任を取って結婚するということもできないのだから始末に負えない。
 暗い部屋の中で微かに浮かび上がるキラキラとした星の紫色の潤んだ瞳を、困惑した表情を見せていたエミルに向ける。 
 
 エミルは一度瞼を閉じてから、真っ直ぐに星の瞳を見つめ。

「……そうね。確かに他人に対して何の見返りも求めない。聖者みたいな人間はいないわ」
「あっ……」

 その直後、星の項にエミルの手が入り込み、一度離れた体をもう一度自分の胸元へと引き戻す。

 そして、優しく柔らかい声音でエミルがささやく。
 
「……星ちゃんは気付いていないみたいだけど、私は貴方に妹の影を重ねているの。それって、あなたを家族だと思っているって事なのよ?」
「でも……家族でも、やっぱり他人です……」

 星はすぐに反論した。その言葉も常に星が心で感じている本心。

「そうね。でもね、家族は自分が生まれてから死ぬまで、ずっと付き合わなければいけない。または、ずっと付き合うのが当たり前な他人の中でも選ばれた人達なのよ? 私の妹はね。数ヶ月前に亡くなったの……」
「…………」

 彼女のその話を聞いて、無言のまま表情を曇らせる星。

 さっきよりも強く抱き締められた体に、エミルの手から伝わる震えが痛いほど伝わってくる。
 それは未だにエミルの心の中で、亡くなった妹への拭い切れない思いがあることを意味していた。

「一度失ったから分かるの……家族の為――ううん、妹の為なら私は全部を懸けられる。唯一無二の姉妹だもの、自分の体同然よ……自分の為に苦労を惜しまないし、見返りとかを望む人間なんて、この世に存在しないわ。そう思わない? 星ちゃん」

 エミルのささやいたその言葉は邪道だ――どんなに言葉を繕っても、星とエミルは血が繋がっていない。どんなに実の妹の様だと言っても、そこに血の繋がりがない以上は家族とも言い難い。だが、今の星にはそれ以上反論できることができない。

 一度理から外れた議論は、プロレスで言うなら場外乱闘と同じで、場数――人生経験がものを言う。
 ここで下手に本の知識などで反論すると、人生経験が多い相手にズルズルと引っ張られてしまうのだ。

 それになにより、数ヶ月前に実の妹が亡くなったと告げられた上に、自分を妹の様に思っているとまで言われてしまえば、反論することが如何に常識外れかということは星にも理解できた。つまりこの時点で、すでに星には反論はできない。

 もちろん。星の口から出る言葉は……。

「……はい」
「うん。よろしい!」

 エミルの満足そうな声とともに、星は頭を優しく撫でられた。
 本当に嬉しそうに微笑むエミルの顔を見ていると、普段から流されやすい性格だが。今だけは、その性格も悪いとは思わなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...