オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~

北条氏成

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次なるステージへ・・・19

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 その聞いたことのないエミルの声音に、星は少し怯えた様子でエミルの顔を見上げた。

「……エミルさん?」

 そう尋ねた星の瞳に映ったのはいつもの優しいエミルではなく、まるで人ではなく動物でも見る様な冷たい彼女の瞳だった。

 その虚ろで狂気に満ちた彼女の曇った青い瞳に、星が思わず後退る。

 エミルは逃げようとする星に右手を突き出すと。

「――星ちゃん。右腕を出しなさい……」
「……えっ? ど、どうしてですか?」

 怯えた瞳を向ける星に、エミルは少し苛立つ様に言った。 

「いいから! ……早く出しなさい」

 威圧感の中に影のあるその声に、なんとも言えない恐怖を覚え。

 全く有無を言わさないエミルの言葉とその威圧する様な空気に、恐怖心からか反射的に星の体が震え出す。

 恐る恐るエミルの方へと右腕を伸ばすと、エミルは「うん。いい子ね」と微笑みを浮かべると、突き出した星の腕をがっしりと掴んだ。その後、右手でコマンドを操作すると、次の瞬間。その手に不気味に銀色に輝く手錠が握られた。

 星はそれを見て、慌ててエミルの手を振り解こうと右腕に力を込める。しかし、レベル差のせいか、いくら振り回してもその手を振り解くことができない。

 徐々に不安が募り、星は震えた声でエミルの顔を見て尋ねる。

「……じょ、冗談ですよね?」 
「ふふっ……冗談でこんな事しないでしょ?」
 
 エミルは不気味な笑みを浮かべた。

 普段の彼女なら絶対に星にこんなことはしない。その狂気に満ちた眼差しはまるで、研究室で見た覆面の男のそれと同じく思えて。

(エミルさん。おかしくなってる……なんとか逃げないと!)

 最後の抵抗とばかりに力の限りに、エミルの手を振り解こうと必死に身を捩った。

「嫌です! 元に戻ってください! エミルさん!!」
「…………」

 その星の叫びも届かないのか、エミルは無言のまま嫌がる星の手首に手錠をはめると、もう片方を自分の左手首にはめて口元に不気味な笑みを浮かべる。

 手錠をはめ終えたエミルはどうしてこうなったのか分からず、俯き加減で瞳から涙を流している星の頬を、微笑みを浮かべたエミルの両手が包み込む様にして優しく撫でる。

 その手の感触はいつものエミルのものなのだが、突然手錠で拘束された状況では、まるで彼女が別人の様に感じて仕方なかった。

「最初は窮屈かもしれないけど、すぐに慣れるわ……そう、私が甘かったのよ……最初から、大事な物には鍵を付けて繋いでおけば良かった……」
「……エミルさん。どうして……」

 手錠を掛けられた恐怖と不安からか、星は体を震わせながら潤んだ瞳をエミルに向けた。

 その瞳を見て、一瞬だけエミルの瞳にいつもの優しさが戻った気がしたが、すぐに視線を逸らして冷たく言い放つ。

「右手が使えなければ武器は振れないでしょ? これから現実世界に戻るまで、あなたは私が守るから何もしなくていいの。ただ、私の側に居なさい」
「そんなの……」

 星が口を開くよりも先に、エミルがその言葉を握り潰すように告げた。
 
「これは決定なの……異論は認めないわ。これは、これまでの星ちゃんの行動が招いた結果。考えた末に、最も安全で確実な方法だと判断したわ。大丈夫――幸い。トイレは行かなくていいし。お風呂の時はコマンドから装備を外せば裸になれる。食事は食べさせて上げるし。体を洗うのとかも、私が全部やってあげる……星ちゃんは、ただ私の側で微笑んでくれてればいいの」

 確かにそれならば生活に然程支障はない。しかし、それではまるで……。

「……でも、それって。ペットみた――」
「――そうね。まるでペットよね。でも、少なくとも。普通のゲームに戻るまではそうしてもらう……これからは、私の言う事だけ聞く忠実なペットになりなさい星ちゃん……それが、あなたの為なのだから……」

 エミルが星の言葉を遮って無慈悲に言い放つと、星に向けて冷たい視線を浴びせる。

 彼女の言葉はどこか正しいようで、全く正しくない様に感じた。 だが、明らかにその理屈はおかしいと、小学生の星でも分かる。しかし、今の状態のエミルに何を言っても、まともには聞いてもらえないだろう。

 星は助けを求めるように、その様子を渋い顔で見つめているレイニールの方に向けたが、レイニールは助けようとする様子はない。

 っというよりも、その体は小さく震えていて、冷や汗が滝のように流れている。
 その様子から分かるのは、レイニールは動かないというより、恐怖心から動けないのだとすぐに察しがついた。それは、まるでヘビに睨まれたカエルと言ったところだろう。

 レイニールにとって、エミルは天敵と言ってもいい存在――その為、動きたいが動いたら自分がどうなってしまうのかを、レイニールは本能的に分かっているのだ。

 何かに取り憑かれたような、普段とは明らかに違う狂気に満ちたエミルの瞳に、星は底知れぬ恐怖を感じた。

(……体の震えが止まらない。こわい……エミルさんが……まるで別人のようにこわい……)

 全身が震え腰から力が抜けてしまいそうになる……だが、それ以上に込み上げてくる涙が止まらない。

『これが何か悪い夢であって欲しいと、この目の前に居る別人の様なエミルが偽りであってほしい……』

 そう思いながらも、手錠から伝わってくる鉄の冷たい感覚がこれは決して夢ではないと訴えかけてくる。
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