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次なるステージへ・・・3
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もう。今までの沈んだ顔が嘘の様に満面の笑みで母親を向かい入れる。
「おかえりなさい!」
元気に出迎える星に、母は疲れきった様子で答えた。
「……ただいま。遅くなってごめんなさいね」
そう言って謝る母親のその手には、コンビニのお弁当が二個入ったビニール袋が握られていた。
星は期待と違うとは思いながらも、疲れた様子の母の顔を見て反論したい気持ちを抑えた。
少し落ち込んだ様子の星に、母はぎこちなく微笑む。
リビングのテーブルに向かい合って座りながら、無言でお弁当を食べる。
(……なんかいつも通りで。お誕生日って感じじゃない……)
朝は母親が作り置きしてくれているが、夜は自分でコンビニに行ってお弁当を買っていた。
もちろん。コンビニのお弁当が嫌いな訳ではないが、今日に限ってはもっといい物が食べたいと思いながらも、仕事で疲れている母親を前にそんなわがままを言うわけにもいかなかった。
残念そうに肩を落としながら、過去の自分はお弁当を食べ進めていく。
この時のことは、記憶が曖昧になっている星も鮮明に覚えている。
まあ、自分の誕生日にコンビニ弁当だけではさすがに忘れたくても忘れられない。それがまだ子供の時ならば尚の事だろう……。
時折、母親の顔色を窺いながら、本当は今日が星の誕生日であることを忘れているのではないか……っと思っていると、一足先にお弁当を食べ終えた母が徐ろに口を開いた。
「――あのね。今日は星のお誕生日だけど……お父さんの命日でもあるの……」
「……えっ? 命日って?」
「……お父さんが亡くなった日よ」
「…………」
それはまだ以前の星にとっては天地がひっくり返ったくらいの衝撃的だった――自分に父親が居ないのは分かっていたことだが。まさか、それが自分の生まれた日だとは知らされていなかったからだ。
青い顔をしている自分を後ろで見いて、星は更に表情を曇らせる。
目の前で困惑した表情のまま、あんぐりと口を開けている自分が不憫でしかたなかった。
楽しみにしていた誕生日の当日に、突然母親からそんな話を聞かされたのだ。悲しみよりも先に困惑が来るのは無理もない。
「――もう、あなたもある程度理解出来る年齢になったし。私としても、やっぱりお父さんの命日にお祝いをするのは気が引けるの。だから……」
母は財布から一万円を取り出し、それを星の目の前にそっと差し出す。
だが、星にはその意味が良く分からず、困惑した表情で母親の顔を見上げた。
「……お金?」
「そう。これからは、お誕生日の前の日にお金を渡すから、あなたの好きな物を買って来なさい」
「…………」
星はテーブルに置かれた一万円札を見つめながらも、なかなかそれを受け取ろうとしない。
目の前のお金を受け取ってしまったら、これから先。今までのような誕生日は送れなくなる。
それに何よりも。一万円という大金を前にして、どうしたらいいのか分からなかった。
沈黙する娘と一万円札を残し。母はゆっくりと椅子から立ち上がり、自室へと向かって歩き出した。
リビングのテーブルにぽつんと1人残された星の瞳から涙が頬を伝う。
その時のことを、後ろでその光景を眺めていた星も思い出す。
「……そうだ。この時から本当に、私の記憶の中にはお母さんとしたイベントなんてない……」
この日を境に、星の記憶から誕生日もクリスマスやお正月と同じくただ単に曜日を消化するだけになった。
自分の意思をもっと強く伝えれば変わったかもしれないことだが、星にはそれを伝えることができなかった……もしそれを伝えれば、唯一の肉親である母親にも捨てられそうな気がしたからだ。
その後も次々と場面が変わり、星の記憶の抜けたピースを埋めていく。しかし、その殆どで、そんなにいい思い出などなかった気がする。
学校でいじめられたり、1人で家で留守番をしている場面なんかは胸が締め付けられるような、辛い思いを何度もしなければならない。
だが、記憶が曖昧になっている星の今の状況では、どんなに些細なことでも知りたい。
今の星の記憶は簡単に説明すると、多くのピースを失ったパズルの様なもので、それがまた記憶がないことによって、乱雑に並べられているようなものなのだ。
それは行動――過程――結果の順番が、場面によっては過程――結果――行動になったり、結果――行動――過程になったりと、場面なら分かるが、どうしてそうなったのか。この後どうなるのか。がすっぽり抜けてしまっているということなのだ。その為、どの記憶が先で後なのかが全く分からないのである。
第三者目線で今までの記憶を映像として見て、脳内に残った微かな感情や記憶と結びつけているのだ。
そして今見ているのは、ゲームを始めた直後のエミルとの様子だ。
今は、街の側を徘徊しているラビットと戦っている自分の姿が見える。
剣を振り回し、飛び掛ってきたラビットに震えながら目を瞑っている姿なんて、恥ずかしくて見れたものではない。
もちろん。この時の自分は大真面目で、今もどうかは分からないが、傍から見ているととても見ていられない光景だったのが分かり赤面してしまう。
だが、それと同じくしてなんだか、温かいものも心の奥底から湧き上がってくる感覚もある。
全ての記憶をまるで物語でも見ているかのように見終わると、星はゆっくりと瞼を開けたそこにエミル達が居ることを信じて……。
* * *
「おかえりなさい!」
元気に出迎える星に、母は疲れきった様子で答えた。
「……ただいま。遅くなってごめんなさいね」
そう言って謝る母親のその手には、コンビニのお弁当が二個入ったビニール袋が握られていた。
星は期待と違うとは思いながらも、疲れた様子の母の顔を見て反論したい気持ちを抑えた。
少し落ち込んだ様子の星に、母はぎこちなく微笑む。
リビングのテーブルに向かい合って座りながら、無言でお弁当を食べる。
(……なんかいつも通りで。お誕生日って感じじゃない……)
朝は母親が作り置きしてくれているが、夜は自分でコンビニに行ってお弁当を買っていた。
もちろん。コンビニのお弁当が嫌いな訳ではないが、今日に限ってはもっといい物が食べたいと思いながらも、仕事で疲れている母親を前にそんなわがままを言うわけにもいかなかった。
残念そうに肩を落としながら、過去の自分はお弁当を食べ進めていく。
この時のことは、記憶が曖昧になっている星も鮮明に覚えている。
まあ、自分の誕生日にコンビニ弁当だけではさすがに忘れたくても忘れられない。それがまだ子供の時ならば尚の事だろう……。
時折、母親の顔色を窺いながら、本当は今日が星の誕生日であることを忘れているのではないか……っと思っていると、一足先にお弁当を食べ終えた母が徐ろに口を開いた。
「――あのね。今日は星のお誕生日だけど……お父さんの命日でもあるの……」
「……えっ? 命日って?」
「……お父さんが亡くなった日よ」
「…………」
それはまだ以前の星にとっては天地がひっくり返ったくらいの衝撃的だった――自分に父親が居ないのは分かっていたことだが。まさか、それが自分の生まれた日だとは知らされていなかったからだ。
青い顔をしている自分を後ろで見いて、星は更に表情を曇らせる。
目の前で困惑した表情のまま、あんぐりと口を開けている自分が不憫でしかたなかった。
楽しみにしていた誕生日の当日に、突然母親からそんな話を聞かされたのだ。悲しみよりも先に困惑が来るのは無理もない。
「――もう、あなたもある程度理解出来る年齢になったし。私としても、やっぱりお父さんの命日にお祝いをするのは気が引けるの。だから……」
母は財布から一万円を取り出し、それを星の目の前にそっと差し出す。
だが、星にはその意味が良く分からず、困惑した表情で母親の顔を見上げた。
「……お金?」
「そう。これからは、お誕生日の前の日にお金を渡すから、あなたの好きな物を買って来なさい」
「…………」
星はテーブルに置かれた一万円札を見つめながらも、なかなかそれを受け取ろうとしない。
目の前のお金を受け取ってしまったら、これから先。今までのような誕生日は送れなくなる。
それに何よりも。一万円という大金を前にして、どうしたらいいのか分からなかった。
沈黙する娘と一万円札を残し。母はゆっくりと椅子から立ち上がり、自室へと向かって歩き出した。
リビングのテーブルにぽつんと1人残された星の瞳から涙が頬を伝う。
その時のことを、後ろでその光景を眺めていた星も思い出す。
「……そうだ。この時から本当に、私の記憶の中にはお母さんとしたイベントなんてない……」
この日を境に、星の記憶から誕生日もクリスマスやお正月と同じくただ単に曜日を消化するだけになった。
自分の意思をもっと強く伝えれば変わったかもしれないことだが、星にはそれを伝えることができなかった……もしそれを伝えれば、唯一の肉親である母親にも捨てられそうな気がしたからだ。
その後も次々と場面が変わり、星の記憶の抜けたピースを埋めていく。しかし、その殆どで、そんなにいい思い出などなかった気がする。
学校でいじめられたり、1人で家で留守番をしている場面なんかは胸が締め付けられるような、辛い思いを何度もしなければならない。
だが、記憶が曖昧になっている星の今の状況では、どんなに些細なことでも知りたい。
今の星の記憶は簡単に説明すると、多くのピースを失ったパズルの様なもので、それがまた記憶がないことによって、乱雑に並べられているようなものなのだ。
それは行動――過程――結果の順番が、場面によっては過程――結果――行動になったり、結果――行動――過程になったりと、場面なら分かるが、どうしてそうなったのか。この後どうなるのか。がすっぽり抜けてしまっているということなのだ。その為、どの記憶が先で後なのかが全く分からないのである。
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もちろん。この時の自分は大真面目で、今もどうかは分からないが、傍から見ているととても見ていられない光景だったのが分かり赤面してしまう。
だが、それと同じくしてなんだか、温かいものも心の奥底から湧き上がってくる感覚もある。
全ての記憶をまるで物語でも見ているかのように見終わると、星はゆっくりと瞼を開けたそこにエミル達が居ることを信じて……。
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