オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~

北条氏成

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記憶の帰還5

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 一触即発の緊張感の中で、マスター以外の全員が激しい殺気を放っている。

 けれども。そこから『仲間割れを起こす』という危機的状況は、マスターの一言ですぐに無駄な心配だと分かる

「……なにも心配する事はない。ライラはどうか分からんが、もう一人の者はあの娘の身内だ。どんな事があろうと間違いはなかろう」
「……身内!?」

 一瞬にして部屋の空気が変わった。それが彼の口から発せられた『身内』という言葉が原因なのはもはや言うまでもないだろう。

 マスターのその言葉を聞いて、エミルが驚きの声を上げる。
 そして、その周りにいて凄まじい殺気を放っていたはずのカレンとイシェルも、驚いた様子で目を丸くさせている。

 だが、皆が驚くのも無理はない。星の父親が優秀な科学者で、更にライラと一緒に居た……というか科学者の身内というのは、おそらくライラのいたラボのモニターの男で間違いない。

 もしそれが事実となれば、星の身内はこのゲーム【FREEDOM】の開発者ということになる。そこでエミルは、自分がとんでもない思い違いをしていたことに気が付く――。

(……星ちゃんって、もしかすると、このゲームから戻る方法を事前に知っていた? もしそうだとして、今までの事が最初から全て演技だったとしたら……?)

 エミルの心の中に星に対しての不信感が一気に沸き起こってくる。しかし、それも無理のない話だろう。この事件の首謀者である『シルバーウルフ』の狼の覆面の男も星だけを狙ってきた。

 普通に考えれば、ただの小学生の女の子を狙う理由が見つからない。しかも、記憶まで失わせている。これは星自身が、この事件に何らかの関係性があることの証でもある。

 エリエの話を聞く限り、星は全くの迷いもなく敵の元にいったらしい。もしそれが、エリエを助ける為だけではない別の意味があったとしたら……しかも、星の固有スキルの相手のステータスを奪う能力はエミルも体験した。

 あんなとてつもない力をいつどこで星が手に入れたのか?星に聞いた時は、その剣を近くの湖で拾ったと言っていたが、そんなイベントはエミルも聞いたこともない。
 しかも、エミルの拠点である城のすぐ近くでそんなイベントが突発的に発生するはずがない。城を建てる前に、エミルは周囲を散策し生息するモンスターなどのレベルも低く最も少ない場所を選択したのだ。

 それが星個人にだけ発生するイベントだとすると、それもそれで不可解である。何故なら、フリーダムで個人に対して発生するイベントは実装されていないからだ――難易度が凄まじく高いクエストやイベントはあるが、だとしても個人に対して発生するイベントは長くゲームをプレイしてきたエミルも聞いたことはない。
 
 それを踏まえると星の父親とその身内の男も科学者。更に、ライラに襲われた時に発動した星の明らかにゲームバランスを超えている未知の能力。
 突然の星の記憶の消失と、記憶の復活の重要性――普通の小学生の女の子に、今回の事件と関係している人物が皆、必要以上に関心を持つのは異常なことだ。

 そんな少女が本当に何一つ包み隠さずに、自分達と行動を共にしていたのだろうか……という疑問が生まれるのは仕方のないことだろう。現に星は口数も少なく、行動も積極的とは言えない。

 彼女のその性格も何かを隠しているから、それをこちらに勘ぐられない様にする為なのかもしれず、時折外に飛び出していく星の行動も、外部からの誰かと交信の為なのか……ここまでくると、なにもかもが出来過ぎていると言うか、怪しいとまで言えるレベルだ。

 もしも、星と覆面の男が繋がっているとすれば、日本サーバーでも名の知れた高レベルプレイヤーのエミルに、偶然を装って接触して来たのも説明できる。

 エミルの性格を早い段階で情報として得ていれば、街での最初の遭遇も偶然ではないだろう。
 マスターも謎の多い人物ではあるし。何よりここ数年間、連絡一つ取らなかった人物がこの混乱の中、ダンジョンで遭遇する確率を考えると、とても偶然が重なったとは考え難く、むしろ全てが最初から仕組まれていたとしか考えられない。

 混乱する中、星の微笑む顔がエミルの脳裏に浮かぶ。

「……でも、あの子にそんな事ができるわけが……」
(――でも……全てが私にそう思わせる為の演技だとしたら……?)

 自分に言い聞かせようと出した言葉に、直ぐ様自分の困惑する心がそれを否定してしまう。

 疑心暗鬼になっている心が不安を掻き立て、負の連鎖に迷いそうになるエミル。

 その直後、エミルの頭の中に岬との会話が浮かんできた。

『姉様の愛で、あの子の心の氷を溶かしてあげて下さい』

 その言葉が、不信感に満ちていたエミルの心に突き刺さる。たとえ星が裏切っていたとしても、今までのこの生活の中での思い出は消えることはないし揺るがないものだ。万が一に星が敵なのだとしても、こちら側に引き入れればいいのだ――。

 静かに瞼を閉じて再び瞼を開いた時には、エミルの表情は決意に満ちたものへと変わっていた。

(そうよ。あの子が何を考えてるか関係ないわ。私はただ星ちゃんと一緒に居たいだけ……私があの子を信じてあげなくてどうするの! あの子とのこれまでの日々を信じてあげなくてどうするのよ!)
 
 心の中でそう自分に言い聞かせると、目の前にいるマスターに神妙な面持ちで尋ねた。

「マスター。それで、星ちゃんは今どこに居るんですか?」
「……それは教えることはできない」

 表情を曇らせたマスターはそう告げると、エミルに頭を下げた。

 目の前で頭を下げたマスターをじっと見据えていたが、エミルはその返答を予想していたのか、たいして驚きもせずに次の質問をした。

「なら、マスターはその人とどういう関係なんですか? それも教えられない……?」

 彼を試す様な瞳で言い放ったエミルの踏み込んだ質問に、マスターは微かに眉をひそめた。
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