上 下
357 / 596

ライラの正体8

しおりを挟む
 注射の時に針を皮膚に刺すとその痛みが脳に記憶として刻まれる。それはその程度の痛みでも人間の脳にある海馬を刺激できるということの現れでもある。だが、注射針程度の刺激でも脳は活性化して覚醒状態になってしまうという。しかし、適度な電気をリズミカルに体に流せば、その逆に心地良さを覚えて人は睡眠状態に入る。
 
 それを利用したのがブレスレット型のハードであり、光と特定の周波数の信号を送ることで一種の催眠効果を与えて記憶を抜き取ることを可能にし、その記憶をデータ化して別の機械に一時的に保存することで機器同士の転送を可能にしたのである。

 だが、記憶を一時的に分離する。という部分だけ切り取って聞いても身の毛もよだつものだ。
 それは言うなれば『体を必要としない不死の技術』そして『メモリーズ――記憶転移技術』によって分離した記憶と、クローン技術で生み出した身体を合わせれば、何度でも人生をセーブしてやり直せるということに他ならない。それはまさに、聖職者にしてみたら神に唾吐く行為なのだ――。
 
 驚きを隠せないと言った表情のエミルに、モニターの中の男の話す声が響く。

『もちろん。博士はそのような事を望まなかった。それが原因で人類の未来を破壊する訳にはいかないと、食物連鎖の中で、人は無限に生き続けてはならないとね』

 その時、ふとエミルの頭に疑問が浮かぶ。

 それは――。

『ならば、どうして星の父――大空博士はメモリーズのデータを削除しなかったのか……そして、どうしてそんな危険な技術をゲームなんていう大衆の娯楽に利用したのか……』ということだ……。
   
 これは開発者である博士の考えがあってのこと、エミルにはいくら考えてもその真意を理解できないものなのだろう。

 本来ならば、厳重に隔離しなければいけないような技術なのは明白であり、それを隠蔽するどころか、あろうことか包み隠さずにゲーム制作の材料として利用させている。

 こんなことは常識的にあってはならないのだ――だがそれも1つ間違えれば、反乱が起き兼ねない。

 エミルはその疑問を素直にモニターの越しに男に尋ねた。

「……どうして、そんな重要な技術を【FREEDOM】のゲームシステムに利用したんですか?」

 彼女のその質問にモニター越しの男が答える。
 
『それは簡単だ。博士が命を狙われていたからさ――博士は国の機関で研究者として働いていた。そして【メモリーズ】と言われる特殊な電気信号の数値を発見したんだ。だが、国はその研究を政治や軍事開発に利用しようとした。彼等にとっては、開発者にしてそれに異を唱える博士が邪魔だったのだろうね。そこで博士は我々の組織に、研究内容の保護を個人的に依頼してきたのさ。このゲーム開発と一緒にね。博士は言っていたよ「この技術はまだ人類には早すぎる。この世から争いがなくなるまでは、隠蔽しておかなければならない」と。しかし、研究データと共に消えた博士の行為は国としては裏切り行為と取られたんだろうね……博士を狙う人間は更に増えた。そして、博士はこのゲーム開発に乗り出したんだ。博士は言ってたよ「木を隠すなら森の中。データを隠すならデータの中。そしてそれが多くの人の目に触れる場所ならば尚の事、手を出し難くなる」てね!』
「なるほど。それでゲームに……なら、貴方達の組織とは……?」

 核心に迫る彼女の質問に数十秒の沈黙の後、モニター越しから再び言葉が帰ってきた。

『国連の組織……としか言えない。彼等はどこにでもいて、今も私達科学者の技術を狙っている。戦争を起こす為にね……』

 モニターから顔を見せない彼のその言葉を聞いて、急に重苦しい空気になった。

 それも当然だろう。急に『戦争』という物騒な単語が出てくれば、緊迫した雰囲気になるのは当然であり。それはまるで、雲を掴む様な話になってくる。
 顔を見せない人物の言葉を真に受けていいのか、騙されているのではないのかと困惑した表情のエミルはそう考えていた。

 正直。眠っている星を除けばライラ、エミルの2人しか彼の姿を見るものはいない。元々顔を知っているであろうライラを除けばエミルのみだ――いくら用心の為とはいえ、顔を見せて話をしないというのは、少し不誠実と言わざるをえないだろう。

 怪訝な顔でモニターに大きく写る『X』の文字を見ているエミル。

 すると、その不穏な空気を感じ取ったライラが声を上げた。

「でも、ミスターは信用に足る人物よ。良く考えてみて? 新規参入したばかりの、しかも疑似体験型のゲームなんて何の暴動も起こらずに世界規模で流行ると思う?」
「確かに、今考えて見ればそうね……確かに小さな反対運動はあったけど、左程大きな騒動は起きなかった気がするわ」

 顎の下に手を当てて考える素振りをしているエミルに、ライラが言葉を続けた。

「ただ、我々は貴女達の敵ではないわ」
「……あんな事されて。今更、信じられるわけ無いでしょ? ライラ」

 鋭く睨むようにライラの顔を見たエミルに、ライラもさすがにバツが悪いのか眉をひそめている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

未来への転送

廣瀬純一
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

宇宙のどこかでカラスがカア ~ゆるゆる運送屋の日常~

春池 カイト
SF
一部SF、一部ファンタジー、一部おとぎ話 ともかく太陽系が舞台の、宇宙ドワーフと宇宙ヤタガラスの相棒の、 個人運送業の日常をゆるーく描きます。 基本は一話ごとで区切りがつく短編の集まりをイメージしているので、 途中からでも呼んでください。(ただし時系列は順番に流れています) カクヨムからの転載です。 向こうでは1話を短編コンテスト応募用に分けているので、タイトルは『月の向こうでカラスがカア』と 『ゆきてかえりしカラスがカア』となっています。参考までに。

処理中です...