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アジトへの潜入4
しおりを挟む星の瞳から涙が一気に溢れ出し、今までの思い出が走馬灯の様に頭の中を駆け巡る。
皆に迷惑が掛からないように覆面の男に捕まった星にとって、それがなかったことにされるのが何よりも怖かった。
すがるような瞳で、なおも必死に訴える星。
「……私はなんでもします! だから……だからみんなには……私の友達には手を出さないで下さい!!」
だが、彼から返ってきた言葉は、あまりにも残酷なものだった。
「……ダメだよ。君はもう僕の所有物なんだから……君の心も体も……僕に――」
突如としてそう呟く男の声が徐々に聞き取れないものへと変わり、星の視界が大きく揺らぐ……。
おそらく。彼がさっき注射した薬剤によるものだろう。視界が蜃気楼の様に揺らぎ、その直後、星の全身が焼ける様に熱を帯び始めた。
「ぐっ……あああああああああああッ!!」
その苦痛から逃れるように、星は体を反り返らせた。
今までに味わったことのない激痛が星の体を包み、それが徐々に火山が噴火する寸前の様に上の方へと痛みの根源を押し上げてくる。
それを見て男は満足そうに「フヒヒッ」と不気味に笑った。
「このゲームではプレイヤーへのシステムを介入してのアクセスができない。君に注入したのは個体データ解析用の液体だよ」
「……えき……たい……?」
全身から滝の様に汗を流しながら、星が男に熱を帯びた瞳を向けた。
男は星の頬に手を当てながら、耳元でそっとささやく。
「……そう。君は言わば、今は亡き博士の忘れ形見……それがこの世界に居るというのは、不可思議なことだ。だが、それが偶然ではなく必然ならばどうだい? 君はメモリーズを開く鍵じゃないか……そう、僕は考えていた。だから、ダークブレットに捕獲を依頼したんだよ。彼等の犯罪を容易にするシステムの改正を入れるて言う条件でね……」
「……それって……」
その話を聞いた星はこの世界に来た時に初めて襲われた時と、ディーノと出会った時のことを思い出す。
そう。それは間違いなくPVPの認証スキップのことだ――。
本来はPVP時にお互いの人数が等しい時に許可される対戦システム。それは相手の了承なく、無差別に攻撃を掛けることを許可し、更には相手の生命を脅かすものだった。
実際に何度もエミル達が対策に困った事象でもあり、そのせいで何人もの罪のない犠牲者が生まれたのも知っていた。
それを目の前にいるふざけた狼の覆面を被った男が行ったことだと分かり、星の心になんとも例えがたい怒りが沸き起こってきた。
「……あなたは! じ……自分がなにをしたか……分かってるんですか!!」
苦痛に言葉を途切らせながらも、男に向かって怒りに満ちた瞳を向けた。
すると、男は突如として笑い声を上げる。
「ははははっ! イヴ。君は本当に素晴らしいね……この状況で、そんな言葉が出るなんて、本来なら大人でも発狂するほど苦しいだろうに……フフッ、そんな君にもう1つ。特別なプレゼントを上げよう……」
そう男が告げてモニターの側の操作盤を操作すると、検査台から拘束具が星の腹部をがっしりと固定する。
その直後、荒く息を繰り返す星に再び注射器を握った男が迫る。
男は持っていた注射器を星の腹部に刺し、迷うことなく中の液体を注入する。
「――うっ!」
眉をひそめると、横目で男を鋭く睨む。
男は不気味に高笑いすると、次の瞬間には平静を取り戻し、星の耳元でそっとささやく。
「……今の薬は記憶を消す効果を持ったものだよ」
「――ッ!?」
「いくら【メモリーズ】で記憶を塗り替えられると言っても。君の今の記憶は障害でしかない。いずれバグになりそうなものを早めに取り除く、目的を完遂する為には多少の不安要素であっても取り除いておく。これは当然の処置さ……」
彼の言っている意味が星にはすぐには飲み込めなかった。
いや、飲み込めるはずがないのだ。彼は自分のこれまでの記憶を完全に消し去ろうと言うのだ。それは、今まで生きてきた証を奪われることに等しい行為。
男は身を翻し操作盤の前に戻ると、忙しなく操作しながら言葉を続けた。
「そうそう、イヴ。君の大事なお友達だけど……私の計画では邪魔でしかない。君の泣き顔も笑顔も全ての表情もその感情も全てが僕だけのものだ……僕だけに向けられなければならないものだ!」
男は「ヒヒヒッ」と笑みを漏らすと、狂気に満ちた声で告げる。
「そう。これは、僕からのあの女への復讐なんだよ……僕から大切な博士を奪ったあの女の大切な物を、今度は俺が奪って壊してやる! そして、あいつは思い知るんだ。世の中は自分の思い描いたようにはいかないって事をねッ!!」
「……うぅ……あぁ……やめて……みんなを……たすけ……て……」
まるで体を煮えたぎる溶岩の中に投げ込まれたかの様な激しい熱と激痛が星を襲い。
徐々に意識が遠退いていくのを感じた。
そんな中で意思とは関係なく閉じそうになる瞼を必死に見開きながら、男を見つめる。しかし、なにかを訴え掛ける瞳の星に、男は無慈悲に言い放つ。
「……大丈夫。心配しなくても、君に関わった人間全てを始末しておくよ。次に目を覚ます頃には、この世界は僕とイヴだけのものになっているから……君は安心して人形になるといい。そう、僕の……僕だけの操り人形《マリオネット》にね……」
男はそう言い残して笑い声を上げ部屋を後にした。
それを最後まで見つめると、糸が切れたように星は意識を失ってしまう。
意識がなくなった星だけを残し、すっかり静かになった研究室には機械音と換気扇のカラカラと回る音だけが虚しく響いていた。
* * *
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