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名御屋へ・・・7
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紅蓮はそんなマスターの横に並ぶように立つと、そっと彼の顔を見上げる。
「……マスター。お疲れのところすみません」
「いや、別に良い。それより、話とはなんだ? なにか、気がかりなことでもあったか?」
マスターのその優しい声音に紅蓮は思わず頬を赤らめ、恥ずかしくなったのか彼女の視線は下を向けられた。
それを見たマスターは外を眺めながら、静かに呟くように言った。
「もしや、バロンに対しての作戦になにか問題があるのか?」
「……はい」
紅蓮は少し表情を歪めると、言い難そうに口を開く。
「マスターの立てた作戦は最善だと私も思います。ですが、メルディウス1人というのが心配で……そこで、私も影から見守り。何かあれば一緒に離脱しようかと……」
「うむ。メルディウスの実力ならば心配はないとは思うが、あやつは短気だからな。紅蓮がおれば安心か……」
マスターは納得したのか頷くと、小さな声で「バレないようにな」と呟き、再び外を見つめた。
意外とあっさり彼が紅蓮の提案を受け入れたのは、彼女の言った『離脱』という言葉が大きいだろう。
もしも、ここで彼女が言ったのが『交戦』だった場合。マスターは決して了承しなかっただろう……敵は数千という兵を出し、ベータ版のテスター時代から、このゲームをプレイしていた四天王とまで言われる存在だ。
どの道2人程度で対抗できるプレイヤーではない。紅蓮のその発言も、それを理解しているからこそ出たもので、そんな彼女ならばこそ、冷静に撤退を最優先に考えると分かっている上の返答だったのだ――。
紅蓮は小さく頷き「はい」と小さく返事をして身を翻し、白雪達が眠るベッドへと戻ろうと歩き出そうとした彼女に、マスターが付け加えるように言った。
「――紅蓮。かつての仲間とはいえ、油断するでないぞ?」
ピタッと歩みを止めた紅蓮はゆっくりとした口調で言葉を返す。
「大丈夫ですよ、マスター。私はそんなミスしません」
そう告げると、マスターは満足そうに頷いた。
「うむ。そうだったな…………メルディウスを頼む」
「はい、了解しました。マスター」
紅蓮は振り返らずに頷くと、再び歩き出した。
それを見送ったマスターは星が煌めく星空を見上げた。
妙な胸騒ぎを感じる。もちろん、紅蓮達のことではなく始まりの街に残したカレンのことだ。一通り戦闘の基本は叩き込んでいるが、カレンには他の者達とは違う決定的な欠点がある。
それは未だに、固有スキルである『明鏡止水』を発動できずにいることだ――レア度の高いスキルには発動条件が曖昧なことが多々ある。
固有スキルはゲーム本来の仕様の中でも個人の差が大きく出るもの、その為初期の段階でいかに良い固有スキルを手に入れるかが勝負になる。
だからこそ、フリーダムはRMT機能に加え、アイテムなどの財産データを他のキャラに完全移植できるシステムも備わっていた。
このシステムは個人の生体データをスキャンしているフリーダムならではのシステムで、普通のゲームならばアカウントハックなどでAの人物がBの人物になれるのだが、フリーダムではAがBになることは体が同じでなければ不可能だ。
即ち同個体の生命体。例えるならば『クローン』でもなければ、アカウントハックは不可能なのだ。
だが、運良くレア度の高い固有スキルを手に入れても、使用できないのであれば、それは存在していなのと同じで無意味だろう。
カレンにはその固有スキルが発動できない為、肉体に染み込んだ戦闘センスのみで戦うしかない。
ゆっくりと部屋に戻ったマスターは窓を閉める。
(なにやら、胸騒ぎがするな。逸るなよ……カレン)
そう心の中で呟くと、今度はソファーに腰掛け目を閉じた。
翌日。目を覚ましたマスターの前には不機嫌そうに足を組みながら、向かい側のソファーに腰掛けているメルディウスの姿があった。
「――やっとお目覚めか? そんなに俺と一緒に寝るのが嫌なのかよ」
「すまん。少々考え事をしていてな……そのまま寝てしまっていたようだ」
「そういや。てめぇーの弟子も今やばいんだったな……」
メルディウスは彼の心中を察して、表情を曇らせている。
そんな彼の考えてることが分かっているように、すぐにマスターが言葉を返す。
「フンッ、あやつももう子供ではない。それに、今は目先の心配をせねばなるまい!」
「ふっ、無理しやがって……だが、その通りだな! で、どうする? 情報集めるって言ったって名御屋は広いぜ?」
「そうだな……だが、探すしかないのだ。これからの戦力にバロンは不可欠――あやつの軍勢を操る能力がどうしても必要なのだ」
「ふんっ……不可欠か……確かに今の状況じゃ、俺や紅蓮の固有スキルはあまり役に立たないしな……しゃーない。面倒だが手当たり次第に探すしかないか」
メルディウスがため息混じりにそう吐き捨てると、その会話を終わるのを待っていたかのように、後ろから紅蓮が話し掛けてきた。
「すみません、マスター。起きるのが少し遅くなって……」
「――構わんよ。お前にもお前の仲間達にも無理をさせている。今日一日はゆっくりと休むといい。儂とメルディウスの2人で街に出てくる」
「そうだな。この街は広いんだ。一日程度誤差の範囲だろ、ゆっくり探すとするさ! あははっ、その分金は掛かるがな…………はぁー」
メルディウスは苦笑いをすると、出費のことが頭を過って大きなため息をついた。
「……マスター。お疲れのところすみません」
「いや、別に良い。それより、話とはなんだ? なにか、気がかりなことでもあったか?」
マスターのその優しい声音に紅蓮は思わず頬を赤らめ、恥ずかしくなったのか彼女の視線は下を向けられた。
それを見たマスターは外を眺めながら、静かに呟くように言った。
「もしや、バロンに対しての作戦になにか問題があるのか?」
「……はい」
紅蓮は少し表情を歪めると、言い難そうに口を開く。
「マスターの立てた作戦は最善だと私も思います。ですが、メルディウス1人というのが心配で……そこで、私も影から見守り。何かあれば一緒に離脱しようかと……」
「うむ。メルディウスの実力ならば心配はないとは思うが、あやつは短気だからな。紅蓮がおれば安心か……」
マスターは納得したのか頷くと、小さな声で「バレないようにな」と呟き、再び外を見つめた。
意外とあっさり彼が紅蓮の提案を受け入れたのは、彼女の言った『離脱』という言葉が大きいだろう。
もしも、ここで彼女が言ったのが『交戦』だった場合。マスターは決して了承しなかっただろう……敵は数千という兵を出し、ベータ版のテスター時代から、このゲームをプレイしていた四天王とまで言われる存在だ。
どの道2人程度で対抗できるプレイヤーではない。紅蓮のその発言も、それを理解しているからこそ出たもので、そんな彼女ならばこそ、冷静に撤退を最優先に考えると分かっている上の返答だったのだ――。
紅蓮は小さく頷き「はい」と小さく返事をして身を翻し、白雪達が眠るベッドへと戻ろうと歩き出そうとした彼女に、マスターが付け加えるように言った。
「――紅蓮。かつての仲間とはいえ、油断するでないぞ?」
ピタッと歩みを止めた紅蓮はゆっくりとした口調で言葉を返す。
「大丈夫ですよ、マスター。私はそんなミスしません」
そう告げると、マスターは満足そうに頷いた。
「うむ。そうだったな…………メルディウスを頼む」
「はい、了解しました。マスター」
紅蓮は振り返らずに頷くと、再び歩き出した。
それを見送ったマスターは星が煌めく星空を見上げた。
妙な胸騒ぎを感じる。もちろん、紅蓮達のことではなく始まりの街に残したカレンのことだ。一通り戦闘の基本は叩き込んでいるが、カレンには他の者達とは違う決定的な欠点がある。
それは未だに、固有スキルである『明鏡止水』を発動できずにいることだ――レア度の高いスキルには発動条件が曖昧なことが多々ある。
固有スキルはゲーム本来の仕様の中でも個人の差が大きく出るもの、その為初期の段階でいかに良い固有スキルを手に入れるかが勝負になる。
だからこそ、フリーダムはRMT機能に加え、アイテムなどの財産データを他のキャラに完全移植できるシステムも備わっていた。
このシステムは個人の生体データをスキャンしているフリーダムならではのシステムで、普通のゲームならばアカウントハックなどでAの人物がBの人物になれるのだが、フリーダムではAがBになることは体が同じでなければ不可能だ。
即ち同個体の生命体。例えるならば『クローン』でもなければ、アカウントハックは不可能なのだ。
だが、運良くレア度の高い固有スキルを手に入れても、使用できないのであれば、それは存在していなのと同じで無意味だろう。
カレンにはその固有スキルが発動できない為、肉体に染み込んだ戦闘センスのみで戦うしかない。
ゆっくりと部屋に戻ったマスターは窓を閉める。
(なにやら、胸騒ぎがするな。逸るなよ……カレン)
そう心の中で呟くと、今度はソファーに腰掛け目を閉じた。
翌日。目を覚ましたマスターの前には不機嫌そうに足を組みながら、向かい側のソファーに腰掛けているメルディウスの姿があった。
「――やっとお目覚めか? そんなに俺と一緒に寝るのが嫌なのかよ」
「すまん。少々考え事をしていてな……そのまま寝てしまっていたようだ」
「そういや。てめぇーの弟子も今やばいんだったな……」
メルディウスは彼の心中を察して、表情を曇らせている。
そんな彼の考えてることが分かっているように、すぐにマスターが言葉を返す。
「フンッ、あやつももう子供ではない。それに、今は目先の心配をせねばなるまい!」
「ふっ、無理しやがって……だが、その通りだな! で、どうする? 情報集めるって言ったって名御屋は広いぜ?」
「そうだな……だが、探すしかないのだ。これからの戦力にバロンは不可欠――あやつの軍勢を操る能力がどうしても必要なのだ」
「ふんっ……不可欠か……確かに今の状況じゃ、俺や紅蓮の固有スキルはあまり役に立たないしな……しゃーない。面倒だが手当たり次第に探すしかないか」
メルディウスがため息混じりにそう吐き捨てると、その会話を終わるのを待っていたかのように、後ろから紅蓮が話し掛けてきた。
「すみません、マスター。起きるのが少し遅くなって……」
「――構わんよ。お前にもお前の仲間達にも無理をさせている。今日一日はゆっくりと休むといい。儂とメルディウスの2人で街に出てくる」
「そうだな。この街は広いんだ。一日程度誤差の範囲だろ、ゆっくり探すとするさ! あははっ、その分金は掛かるがな…………はぁー」
メルディウスは苦笑いをすると、出費のことが頭を過って大きなため息をついた。
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