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マスターの目的7

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 その場に流れる空気から、紅蓮は何かを感じ取ったのか、彼等に向かって深く頷いた。そんなメンバーの様子に、紅蓮はマスターの隣に立つと「大丈夫です」と叫ぶ。

「――こちらに居る『拳帝』が我々に力を貸してくれるとおっしゃっています。彼の力は、皆さんが最も分かっている事と思います。だから私達は大丈夫です!」
 
 紅蓮の口から出た『拳帝』という言葉を聞いた瞬間。再び辺りが大きくざわめき出す。
 それはメルディウスがギルドを留守にすると言った時よりも、間違いなく大きいだろう。

 だが、それも当たり前なのだ。『拳帝』とはマスターの以前のリングネームで、このフリーダムが誇る年数回の公認PVP戦の武闘大会で負けなしの最多優勝という、奇跡的な記録を作った人物なのだから。

 そして彼の凄みは、自身のHPバーがレッドゾーンに突入してからの、怒涛の反撃での逆転勝ちなのである。しかし、それはマスターが故意にやっていることで、その行動の本質は――。

 先に相手に技を打たせて、相手の力量を見極める。その為に一度、相手に勝利を確信させてから相手の最大の技を受け止め。その後、その技に価値無しと判断したら、一気に攻勢に転じるのだ。

 それは武闘家として絶対に負けないという彼自身の自信から生まれるもので、決して観客を楽しませる為ではなく。相手のスキルを吸収する彼の固有スキル『明鏡止水』で、相手の戦闘スキルの収集する為の行為に他ならない。

 だが、はたから見れば。一度マスターのHP残量がレッドゾーンに突入してからの激しい猛攻による逆転劇は、結果として観客を楽しませることになるのだ。 
 それからの景品や賞金の放棄は『漢らしい』『武を極める者』『強者の余裕』という称賛の声が広がっていったのである。

 それもそうだろう大会での景品は全て一点物で、フリーダムはRMTを推奨しているゲームなこともあり。その景品も賞金も実際のお金に変えれば、それはもう莫大な金額になるからだ。

 その真意は分からないものの、ただ1つはっきり言えることは、日本サーバーで彼は英雄であり。自他共に認める間違いなく最強のプレイヤーなのだ。

 だが、それほどの人間ならば名を騙る偽者が多いのも事実。

 その為――。

「拳帝は行方不明だと聞いたぞ! 偽者だ!」「そうだ。本物なら証拠を見せろ!」

 など、真偽を問う複数の声が上がり出した。

 しかし、紅蓮は実に冷静だった……。

「そういうと思っていました」

 っと紅蓮は小さく頷くと、マスターに屈んでもらいその耳元でそっとささやく。

「――なのでお願いします。マスター」
「うむ。この状況では仕方なかろう」

 マスターはそう言って頷く、紅蓮はその返答を聞いて嬉しそうに頷いた。

 コマンドの中のギルドホーム設定の武器、固有スキル使用承認の欄にチェックを入れ、そして彼女は皆の方へと向き直り。

「ならば彼が本物だという証拠をお見せしましょう!」

 紅蓮はそう自信満々に叫ぶとその直後、マスターの手に闇属性の黒いオーラが上がる。それを見たメンバー全員から、どよめきと歓喜の声が上がった。

 このスキルは大会の戦闘時に何度も目の当たりにした『拳帝としての証』だが、これも固有スキルで習得したものなのだから、他に使用出来る者が存在する。

 おそらく。今では本物の固有スキルを持つ人物が偽物扱いされているに違いないだろうが……。

 紅蓮はそんなメンバーに向かって声を張った。

「静かにしてください。私達は今日中には、この千代を発ちます。勝手だとは思いますが、後の事はお任せします」

 紅蓮はそう言って、深々と頭を下げた。

 それを見たギルドのメンバー達からは「任せて下さい」「気にしないでください」「必ず戻って来て下さい」など様々な声が聞こえてきた。まあ、サブギルドマスターに頭を下げられて、メンバー達が拒むことはできないだろうが。

 それを聞いた途端、普段から表情をあまり変えない紅蓮の瞳から光る物が流れ落ちて彼女は慌てて顔を下に向ける。

 そんな紅蓮に代わり、メルディウスが拳を突き上げると全力で声を張り上げた。

「よっしゃー!! 野郎ども必ず出口見つけて戻ってくっからな。期待して待ってやがれ!!」

 ギルマスの言葉に「おー」というメンバー達の歓声が食堂内を揺らす。そして歓喜の声はしばらく鳴り止まなかった。

 朝食を食べ終わったマスター達は、紅蓮の部屋に戻った。

 部屋に戻ると、紅蓮はマスターに向かって深々と頭を下げた。

「マスターすみませんでした、でしゃばった真似をしてしまって……」

 その声はどこか落ち込んでいるように感じた。
 おそらく。マスターが拳帝だということをばらしてしまったことを、彼女は気にしているのだろう。

 マスターはそんな紅蓮の肩にぽんっと手を置くと、優しい声で言った。

「――謝る事などない。あの状況では、ああするほかあるまい。あまり気にやむ必要はない」

 すると、横にいたメルディウスが笑みを浮かべ、マスターの肩に肘を乗せ親指を立てる。

「そうだぜ、紅蓮。謝るどころか礼を言えと言ってやっても良いくらいだぜ!」
「……メルディウス。そんなこと言ったらダメです」
「くそっ! 紅蓮はいつでもじじいの肩持つよなー」

 メルディウスはつまらなそうに口を尖らせ、明後日の方向を向く。

 紅蓮はそんなメルディウスの様子を見て、くすっと笑った。

「……紅蓮。今笑った……のか?」

 それを見たメルディウスは驚き、目を丸くさせている。
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