オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~

北条氏成

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激昂した刃10

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 彼の苦しげな叫び声を聞いて、マスターはまるで自分の身を引き裂かれるような感覚に眉をしかめている。

「――ダークネスファングは、敵を全ての攻撃を封じる闇属性の檻に閉じ込め。一切の攻撃を受けず、その攻撃の全てを撥ね返す……闇属性の雷撃のおまけ付きでな……何もしなくても一定時間が経過すれば、敵に全方向からの闇属性の雷撃を叩き込み、HPがなくなるまで敵を喰らい尽くす。そういう技だ……」

 そう淡々と説明していたマスターの脳裏に、過去の別れ際の悲しげな紅蓮の顔が過った。

 マスターは咄嗟に技を解くと、彼を呑み込んでいたドラゴンの頭が消え、メルディウスは力無くその場に倒れ込んだ。

「この……くそじじい……てめぇの……勝ちだ……残りの俺のHP残量なら……今はそこらに転がってる石ころ1つでも……俺を殺せる……」
「――そうだな。だが、儂ももう動けん……」

 マスターもそう呟き、メルディウスの隣に大の字に倒れた。

 その突然の出来事に、横に倒れているマスターを見て、メルディウスは目を見開いている。すると、突然マスターが大声で笑い出した。

「あはははっ! この技は使用者にも負荷があってな、体力を大きく消耗するのだ。もう指一つ動かせん」
「てめぇー。もう終わりだとか言って俺を騙しやがったな!」

 それを聞いたマスターがまた大きな笑い声を上げる。

 その後、小さく弱々しい声で横に倒れているメルディウスに告げた。

「ははっ、いかんな! 儂も焼きが回ったようだ……終わりと言ったのは本当だ……メルディウス。戻ったら紅蓮に礼を言うといい……」
「……紅蓮だと?」

 メルディウスは驚いたように目を丸くさせている。

 驚いていたメルディウスが今度は訝しげに眉をひそめ、マスターの顔を見つめている。そんな彼に、マスターは言葉を続けた。

「儂は本気で戦っていた。だが、紅蓮が……あの時儂に言った『ただ……皆で一緒にいたい』という言葉がその考えを変えたのだ」
「……なら、どうしてあの時。俺達を置いて行ったんだよ!」

 その言葉にマスターが瞼を閉じて徐ろに口を開く。

「あの時の儂は力を求めて……いや、力に餓えていたのだ。自分の内なる欲求を抑えられなかった……だが、今は力などに興味はない。かわいい愛弟子が戦い以外に儂の生きる目的を与えてくれたのだ……力とは誰かの為に振るってこそ意味がある。それをもう一度儂に教えてくれたのがカレンだ――だから今の儂には、皆で現実世界に戻ることしか考えられん!」
「――それは本心からか? マスターさんよ……」

 メルディウスはそう質問すると、不信感を抱いた瞳をマスターに向けた。

 マスターは大きく息を吐くと、震える指でゆっくりとコマンドを操作してPVPを解除した。その直後、メルディウスの体から黒いオーラが消え互いのHPが全回復した状態に戻る。
 
 自由になった体を動かしながらメルディウスはマスターの方に目を向けると、彼は未だに動けないらしく隣で横たわっていた。

 横を向いたマスターは驚いた顔をしているメルディウスに向かって微笑みかける。

「――メルディウス。儂はまだ動けぬ、殺したければ殺せ……」
「……なんだと?」

 空を見上げたまま静かに瞼を閉じたマスターは、自分の運命を横に倒れているメルディウスに委ねた。

 メルディウスはそのマスターの言葉を聞いて、自分の心が揺らぐのを感じていた。
 彼の心の中で『この男を殺せる? こいつを殺せれば紅蓮がまた笑ってくれるかもしれない……』という思いが、煮え滾るマグマの様に湧き上がってくる。

 生唾を呑み込んだメルディウスが、地面に転がっているベルセルクを拾うと両手で握り締めた。
 今ならマスターは地面に転がったまま動けない。ここで彼を攻撃すれば、自動的にまたPVPが発動する。

 通常のPVPでは最終的にHPは『1』だけ残る。しかし、それはプレイヤーの攻撃でだけである。つまり、地面に転がっている石などの既存のオブジェクトを利用すれば、最低ダメージ『1』のゲーム内ではHPを削り切ることができるのだ――。
 
 しかも、彼は年2回行われる武闘大会で連続優勝記録を持つ男だ。ここで撃破できれば、自分のギルドが更に有名に有名になるかもしれない。
   
 マスターは得物を握り締めるメルディウスの姿を見て、ただただ微笑んでいる。

「――じじい……」
「ああ、それでいい……だが、1つだけ頼みがある。虫のいい話だとは思うが、儂を殺したあかつきには、始まりの街に行ってくれないか? そこに儂の弟子がおる。そやつらを現実の世界に戻してやってくれ……」
「……ふざけるなよ」

 マスターのその言葉を聞いた直後。メルディウスは鼻で笑うと、持っていたベルセルクを大剣の状態に戻して背中に収納した。

「――こんな事で勝ったって、何もうれしかねぇー。それに弟子を助けるとか、そんな事はてめぇーがやりやがれ! 俺には動けねぇー奴を殺すのも。てめぇーの尻拭いをするのもごめんだ!」
「……メルディウス」
「だからその使命は自分で成し遂げろ! ……それに紅蓮はこんな結末は望んでないだろうからな」

 そう言ってメルディウスは微笑みを浮かべると、倒れているマスターの肩に手を回して強引に立たせる。

 彼のその行動が相当意外だったのだろう。突然肩を貸されたマスターは困惑した顔でメルディウスの顔を見た。

「なにをするつもりだ!?」
「なにって決まってんだろ? 帰るんだよ。紅蓮の元へ……」
「――分かった……すまん……」

 マスターはそれを聞いて小さく頷くと、メルディウスは口元に微かに笑みを浮かべ歩き出す。
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