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理想と現実9

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 そんな彼女の思いを知る由もなく、星は剣を構えカレンにもう一度向かって突撃してくる。
 
 カレンは向かってくる星を見て再び拳を構える。しかし、内心はどうすれば星を止められるかを考えていた。

 それもそのはずだ。星は何度も転びそうになりながらも向かってくる。

(何を考えているんだ。正面から俺に突っ込んでくるとは……だが、どうする……? どうすればあいつを諦めさせる事ができる!?)

 カレンが考えを巡らせてる間にも、星との距離が徐々に詰まってくる。

 その時、痛む体に鞭打ち懸命に走る星は何の考えなく、ただがむしゃらに向かっていくだけだった。

(もう。体が言う事を聞いてくれない……大丈夫。勝つまでやれば負ける事ないもん!)

 星はそう自分に言い聞かせる。すると、不思議と勇気が湧いてくる気がした。徐々にカレンに近付くにつれて、今まで力が入らなかった体に力が戻ってくるのを感じた。

 勝利への突破口を見つけた星は『よし。これなら行ける!』と剣を振り上げ、カレンに飛び掛かかろうと足に力を入れた瞬間――星の足から急に力が抜け、前屈みにバランスを崩した。

「あっ……」

 まだ自分の剣の間合いにカレンは入っていない。転びそうになった星の頭の中が一瞬で真っ白になった。

 戦闘の途中で脱力する――それは星の体力の限界を超えていることを意味していた。
 もうどんなに星が足に力を込めようが、崩れる体は元に戻らない。

 徐々に視界が横になっていく。

(――そんな……ここでおしまいなの……?)

 星そんなことを思った時、辺りがまるでスローモーションのようにゆっくりと時間が流れるような錯覚に陥った。

 その不思議な感覚に戸惑いながらも辺りを見渡すと、その中に驚いた様子のカレンの顔を見つけぼーっと見つめる。

(エリエさん。エミルさん。大切な人を馬鹿にされて何もできないなんて……私、やっぱりダメな子みたいです……ごめんなさい……)

 星は瞳を閉じて、心の中で2人に謝った。

『……諦めるのか?』

 諦めた直後、心の奥深くで誰かがささやく……。

 星は突然のことに驚いて辺りを見渡す。

「――えっ? 誰!?」
『お前は以前。我輩を守ってくれた』
「――私が……あなたを助けた?」

 その心の中の声を聞いて余計に、星の頭の中は混乱した。
 今のスローモーションのようにゆっくりと前に倒れていく状況で、困惑している状況なのに『守ってもらった』というその言葉の意味に思い当たる節がない。

 ゲームの世界に来てからも人を助けたことなんてなく、いつでも助けられてばかりだ。

 確かに学校の返り道に迷っている老人を助けたことや、迷子になった小さな子を助けたことはあった。しかし、今聞こえているこの声はそのどちらとも違う……明らかに聞き慣れない声だ――。

 星はこの声は全く身に覚えがない。

 その声は星の疑問に答えることなく、勝手に話を続けている。

『お前はあの者に勝ちたいのか?』
「……ッ!?」

 星はその言葉に強く反応する。

 勝てるものなら勝ちたい。勝って、今までのことを全て清算し、カレンとも仲良くなりたい。

 その声が聞こえた咄嗟に、星は無意識に心の中で強く「勝ちたい!」と叫んだ。直後『良いだろう』とだけ言い残し、その声は聞こえなくなった。すると、次の瞬間。星の体がまるで焼けるように熱くなる。

「うっ……きゃああああああああああああッ!!」

 星は突然のことに驚き、行き場のない感覚に悲鳴を上げる。

 発熱した体からは金色の光が溢れ出し、まるで爆発したかの様に辺りを一瞬のうちに包み込んだ。

「――なっ、何だ。何が起こったんだ!?」

 カレンはその光りを遮るように腕で顔を覆う。
 薄暗い部屋の中は、まるで真夏の中にいるように明るく照らし出され、一瞬にして視界を塞ぐ。


              * * *


 星の体から放たれた光りは下の階にも届き、その眩い光りでエリエが目を覚ました。

「んっ……な、何……? あれ? 星が居ない!?」

 目を覚ましたエリエは横に寝ていたはずの星が居ないことに気が付き、慌てて布団から飛び起きた。

 混乱する頭の中、エリエは近くで寝ていたエミルの体を揺らす。

「星が……星が居ない!? エミル姉、起きて! 大変なの。星が居ないの!!」
「うぅ……んっ……なに? エリー。どうしたのよ?」
「だから、星が居ないのよ!!」
「……え? なんだ……居るじゃない……」

 眠い目を擦りながらエミルは近くにあったクマのぬいぐるみを抱き締めると、何事もなかったかのようにまた眠りに就く。

 エリエは「それ違う!」と叫ぶと、彼女はある重要なことを思い出した。

(そ、そういえば……エミル姉。寝起き凄い悪いんだった……)

 エミルと寝ていると、朝はいつもこんな感じで一向に起きないのだ。

 こうなってしまった彼女は当分の間は使い物にならないと、エリエは長年の付き合いで分かっていた。

「もう! 大事な時に役に立たないんだからッ!!」

 寝ぼけているエミルにそう吐き捨てるように言い放つと、コマンドから装備画面を開きパジャマから戦闘用の装備に着替える。

 テントから飛び出し、階段から降り注ぐ光りに目をやる。

「スイフト!!」

 エリエはスピードを上げるスキルを使用すると、決意に満ちた表情のまま飛び出して、まだ微かに光が漏れている階段を迷うことなく駆け上がっていく。

(――急がないと星が危ない! もっと速く。もっと……もっと! 神速!)

 そう心の中で固有スキルを唱えると、彼女の体は青く輝き、疾風の如く速度を上げ階段を走り抜ける。

「……星、待っててね。すぐに助けに行くから!」


             * * *
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