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ゲームの世界へ2

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 おそらく。事故が起きたことで、教師達が問題の隠蔽の為に架空のストーリーを作り上げ、星の母親に伝えたのだろう。
 それを聞いた星はほっとしながらも、少し残念な気持ちになる。『もし大人の人に知ってもらえれば、もしかしたら状況が良くなるかもしれない』と一瞬でもそんなふうに考えてしまったからだ。

 だが、今は母親に迷惑を掛けないことが一番だと感じて、星は教師達が描いた架空のストーリーに乗るしかなかった。

 心配そうな表情で、星の顔を見つめている母親に笑顔を見せると。

「えへへ、ちょっと失敗しちゃって……でも、そんなにケガしなかったし。大丈夫だよ……お母さん」

 呆れ気味なため息をつくと母親が星に向けて告げる。

「はぁ~。女の子なんだから、気を付けないと駄目でしょ? ……全く。本当にしょうがない子ねぇ~」
「……ご、ごめんなさい」

 星はしょんぼりしたまま、掻き消えそうな小さな声で謝った。

 心のどこかには『本当は誰かに押されて落ちた』と、真実を言いたい気持ちもある。だが、内向的な性格の星が、親を前にしてそんな事を言えるわけもなく……。

「そういえば……お母さん。お仕事は……?」
「少し抜けてきただけだから、本当は休もうと思ったんだけど――この様子なら、大丈夫そうね。お母さんは会社に戻るけど、もう大丈夫?」
「……うん。大丈夫」

 星はその言葉に小さく頷くと、軽く笑みを浮かべた。

(もし。ここでお母さんに、私がいじめられてるって言ったらどうなるだろう……)

 頭にふとそんな考えが浮かび、星はすぐに我に返ってその考えを振り払うように首を左右に振った。

 確かに親に言えば、何かは変わるかもしれない。だが、もしいい方向に変わらずに、もっと酷いことをされるかもしれないと思うと、もうそれ以上の言葉が出なかった。


 翌日。普段通り学校に登校すると、廊下で同じクラスの皆がくすくすと笑って星を見ていることに気が付く。

 星はなんだろうと思って教室に入ると、自分の机の上に花瓶が置かれていた。

(……なにこれ?)

 それを見た星は衝撃を受ける。

 本来机の上に花を置くという行為は、亡くなった生徒を弔う時に行う行為であり。それは間接的に、星に死ねと言われていることと同じなのだ。

 星はその心無い行為にクラスの生徒達の真意を悟ると、目頭が熱くなり高まる気持ちを抑えきれずに学校を飛び出してしまった。

 結果としてこの日、星は初めて学校を無断で休んだ――。

 今までどんなことがあっても、風邪以外で学校を休むことのなかった星には、学校を休んだ後に行くところなど見当もつかない。

 だが、家に帰れば学校から電話が来るということも分かりきっていたし、気のおもむくままに歩いた。

「はぁ~。ついにやっちゃった……」

 自己嫌悪に苛まれながら、とぼとぼとあてもなくさまよっていた途中。橋の上でふと、今朝の出来事を思い出し足が止まる。

 今居る橋の上から川を見下ろし「ここから飛び降りたら死ねるのかな?」などと、つまらないことを考えてしまう。
 しかし、勢いだけで飛べるわけもなく。更に憂鬱な気分になりながら、繁華街を歩いていると、ふと大きなゲームショップの前のチラシに目が止まった。

『今、世界的に有名なオンラインゲーム【フリーダム】でゲームを現実にしよう!』

 普段は何も感じないそんな平凡なうたい文句が、今の星には凄く魅力的に感じてしまうから不思議である。

「――ゲームを現実に……そうできたらいいんだけどね……」

 チラシのうたい文句を見た星はそう小さく呟く。

 星には幼いながらも分かっていた。どんなに否定しても、結局は現実に戻らなければ生きていけないということを……父親も星が生まれる前に亡くなり。普通の子供よりも、大人の顔色を窺うスキルだけが発達して、それと比例するように徐々に子供らしさを掻き消していることに――でも、それは間違いなく自分の為ではない。

 テレビから流れる連日の様々な非人道的で酷い事件などの放送を見る度に、母親に迷惑を掛けないように自分はいい子でいなければならないという社会性が、星にいい子を演じさせているだけだ。

 しかし、星も年相応の普通の子供――本当はもっとわがままを言いたいし、もっと自分に構ってほしい。母親に優しく抱きしめてほしいという欲求がないわけではない。

 だが、そんなことが素直に言えないほどに、今の彼女の心は荒んでしまっていたのだ。

「はぁー。私のなにがいけないんだろう……」

 大きなため息をつくと、目の前のゲームショップのガラスに映る自分の姿が実際よりとても小さく弱々しく見えて仕方ない。
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