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ワンダー博士、弟子を取る?

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「ふう! 美味しかった! ご馳走様!」

 ワンダーは空になった皿を前に、手を合わせた。
 シーアが出してくれたのは温かいクリームシチューだった。
 千年前のアルケミアでの食事は専ら栄養補助食品だった。
 味は美味しく感じられるように加工されており、必要な栄養はそれで全て補える。
 完璧な食品だと大人気だった。
 ただワンダーは、少し物悲しさを感じていた。

「やはり、手料理はボクのお腹も心も満たしてくれる……」
「あはは。ワンダー博士のお口に合ったようで何よりです」

 シーアは皿を片付けながら、ワンダーに向かって微笑む。

「こんなに美味しい料理をありがとう、シーア嬢! キミには錬金術師の素質があるね!」
「え。ほ、本当ですか!?」

 シーアは思わず、がちゃん、と音を立てながら皿をシンクに置いてしまった。

「ああ! 料理は錬金術のようなものだからね! 材料を混ぜたり、焼いたり、煮たりして、全く違うものを作り出すのだから!」

 わっはっは、とワンダーは大きな声で笑った。
 シーアは俯きがちになりながら、皿を洗い出した。

「……私、錬金術師に憧れているんです」
「ほう! それは良い! 錬金術師になって、シーア嬢は何を生み出したいんだい?」
「……古代アルケミアには【万能ポーション】ってのがあったんですよね。何でも治す、神の妙薬が。アルケミアでは普通に流通してたみたいだって、お爺ちゃんから聞きました」
「ああ。錬金術師ならば錬金出来て当たり前の薬だ。脳と心臓が動いていれば、どんな大怪我でも治る」
「やっぱり、存在してたんだ……」

 シーアはか細い声でそう呟いた。

「ワンダー博士! お願いします! 私に、【万能ポーション】の作り方を教えて下さい!」

 シーアはワンダーに詰め寄る。

「その薬を作って、色んな人助けたいんです。……ママやパパみたいな人を、助けたい」
「……失礼だが、お母様とお父様は今?」

 シーアとオーディンは表情を暗くさせた。

「……二年前に亡くなりました。盗賊に襲われて」
「盗賊……」

 シーアは力無く笑う。

「ここらへんではよくあることなんです。パパとママは大怪我を負って、そのまま……」

 シーアは目を潤ませる。
 涙を振り払うように、頭をブンブンと振った。

「【万能ポーション】が作れたなら、パパとママを救えたはず……。私もワンダー博士みたいな、凄い錬金術師になりたいです……」

 ワンダーは腕を組み、「うーん」と唸った。
 シーアの望みは、両親みたいな人を救いたい。
──ではなく、両親を〝救いたかった〟だろう。
 その望みはもう叶わない。
──ボクにも叶える術もない……。では、ボクのすべきことは……。

「ボクが凄い錬金術師なのはこの目のおかげだ」

 ワンダーは金色の瞳の目元に指を当てた。

「……そういえば、ワンダー博士って、左右で目の色が違いますね」
「こっちの金色の瞳は義眼なのだ。と言っても、ちゃんと視力はあるぞう。視神経は繋げてあるからな」

 ふふん、とワンダーは胸を張った。

「これは、《天秤の眼》と言って、ものの価値が一目でわかる目だ。これを錬金するのには苦労したが」
「え。その目も錬金したんですか!?」
「まあね!」

 ワンダーは天井を向くくらい胸を張った。

「錬金術を使うには、生み出すものと同等の対価が必要だ。価値を同等にするため、材料を煮たり焼いたりして加工する」
「煮たり焼いたりすると価値が変わるんですか?」
「不思議なことに、価値が上がったり、下がったりするんだな。料理だって、一手間加えると美味しくなったりするだろう?」
「そういった工程を吹っ飛ばして錬金するから、ワンダー博士は稀代の錬金術師なのです」

 今度はバニバニが胸を張った。

「この《天秤の眼》を入れるために、とんでもない激痛だったが、その分、大きなリターンはあったよ!」
「えっ……。め、目を抉……?」

 シーアの口端がひくりと引き攣る。

「ボクの錬金術マジックは簡単に見えたかもしれない。しかし、ボクみたいな錬金術師マジシャンになるには、生半可な覚悟ではいけないぞう」

 シーアは押し黙った。

「存分に悩むと良い、若人よ」

 ワンダーは優しく微笑んだ。

「……いえ、悩んでなんていられない。私が、本物の錬金術師になる!」
「……シーア嬢?」
「今、私達の村には錬金術師がいるんです。名前はマヤカス」
「ほう! 錬金術は衰退したと聞いたから、錬金術師もいないものだと思っていたが」
「マヤカスの錬金術はインチキです。絶対に。だから、私が錬金術師になって、村のみんなを助けるの……」

 ワンダーは腕を組んだ。
──……どうやら、シーア嬢の真の願いは、両親を救いたかったことではなく、マヤカス氏への敵対心のようだな……。

「明日、マヤカスは村のみんなに錬金術を披露します。マヤカスの錬金術がインチキかどうか、見て貰ったらわかると思います」
「ふぅむ。見てわかるかどうかはちょっと自信がないが……。まあ、今の錬金術がどのようになっているのか興味があるからな。見るだけ見よう」

 シーアは頷いた。

「さて」

 オーディンが口を開いた。

「ワンダー博士様。日も落ちてきたことですし、今日は泊まって行かれてはどうですかな?」
「良いのかい!?」
「勿論ですじゃ。ワンダー博士様はワシと孫の命の恩人ですからのう」
「ありがとう! では、お言葉に甘えて、一泊させて貰おう!」
「一泊と言わず、何泊でも!」
「いやあ、それは流石に悪いよ……」

 ワンダーは乾いた笑みを浮かべた。

「古代アルケミアについての話を色々と聞きたいのですじゃ。ですから、暫く泊まっていって欲しくてのう……」
「む……。そういうことなら、暫くお世話になろうかな」

 その返答に、オーディンはニッコリと微笑んだ。
 
「では、まず手始めに、ボクが初めてアルケミアで大バズりした【四次元袋アイテムポケット】のマジックについて話そう!」
「ワンダー博士、オーディン様はアルケミアの生活について聞きたいのですよ」

 バニバニはワンダーを咎める。

「ホホーッ! あの、建物をしまって運んでいたと噂の【四次元袋アイテムポケット】ですかな!?」

 オーディンは鼻息を荒くした。

「ああ! 錬金した【四次元袋アイテムポケット】を口の中に入れて、トランプとか国旗とかダララララって出すマジックをするのだ!」
「なんで口からトランプと国旗を出すんですかの?」
「それは……何でだ?」
「わかっていないのにやってたんですか?」
「みんな驚くからやってた……」
「晩年は『口からものを出すなんて汚い』と言われてコンプラ的にNGになってましたね」

 バニバニが呆れたように言う。

「うむむ……。時代の流れが良い方向に向くとは限らない……」

 ワンダーは苦い顔をする。

「……ワンダー博士って、なんかちょっと……ズレてる? 古代アルケミアではこれが普通なのかな?」

 シーアが困ったように笑いながら、小首を傾げた。
 その問いに、バニバニは答える。

「いえ、アルケミアでも『変人』と専らの噂でした」
「ああ、やっぱりそうなんですね……」

 ワンダーは「ふふん」と胸を張る。

「天才と変人は紙一重なのだ」
「真の天才は隠すのも上手いんですよ」
「じゃあ、次はボクが一世を風靡した【人体消失マジック】の話を──」

 そう言ったところで、ワンダーはテーブルの上に頭を打ちつけた。

「わ、ワンダー博士!?」

 シーアとオーディンは顔を青くさせた。

「まさか、アルケミアでの毒が……!」
「……いえ」

 バニバニは冷静に言う。

「眠ってるだけです」

 ワンダーは口端から涎を垂らしながら、だらしない顔で寝息を立てていた。
 シーアもオーディンもホッと胸を撫で下ろした。

「使ってないベッドがあります。ご案内しますじゃ」
「お願いします」

 バニバニはワンダーを抱き上げる。
 バニバニの腕の中で、ワンダーは気持ち良さそうに笑っていた。
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