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エピローグ 悪役令嬢♂の話をしよう
悪役令嬢♂は今もまだ
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クロードは公演のチケットを片手に劇場の中へ入る。
今やっている演目は【アナスタシア】。
【アナスタシア】という令嬢はある日から、冤罪をかけられる。
【アナスタシア】は必死に無実を訴えたが、その声は自分の婚約者にさえ届くことはなく、処刑されてしまう。
【アナスタシア】の死後、彼女の冤罪が発覚。
【アナスタシア】の無念を晴らすべく、婚約者や【アナスタシア】の弟が力を合わせ、全ての元凶たる【魅惑の魔女】を討つ……といったもの。
何処かで聞いたことのあるストーリーだ。
かなり脚色されているが、モデルは明らかに、アナスタシア達だろう。
【アナスタシア】は勿論、アナスタシア。
婚約者はアデヤ。
弟はアナスタシオス。
【魅惑の魔女】はレンコ。
脇役に騎士と参謀、【アナスタシア】の執事もいる。
騎士はシュラルドルフ。
参謀はゼニファー。
執事は勿論、ミステール。
ストーリーは何処となく、お伽話の白雪姫にも似ていた。
【魅惑の魔女】が美しい【アナスタシア】に嫉妬するシーン。
処刑には毒林檎を使われている。
しかも、最後、【アナスタシア】は王子様とのキスで息を吹き返すのだ。
──これは脚本家の願望が反映されているんだろうなあ……。
クロードはぼんやりとそう思う。
舞台の上で、アナスタシオスは元気に演じている。
【魅惑の魔女】を──。
□
アナスタシオスの楽屋。
クロードはノックをする。
「おー! クロード、シルフィト! 見たか? お兄様の勇姿!」
アナスタシオスは汗を拭きながら、笑顔でクロード達を迎え入れる。
公演直後だからか、かなりテンションが高い。
「うん! 凄く素敵だったよ! クロのお兄ちゃま!」
アナスタシオスが演劇の道に進むとは、クロードも驚きだった。
──九年も女性になりきってたんだもんな。兄さんにとっては天職なのかも。
「ああ、凄かったよ。でも、なんで【魅惑の魔女】なんだ?」
適役なのは【アナスタシア】だろう。
本人なのだから。
「それは勿論……似合うから!」
アナスタシオスは胸を張る。
演目【アナスタシア】は軍国の剣劇を参考にした殺陣も話題だ。
婚約者一派と【魅惑の魔女】が剣を交えるシーンはかなり盛り上がる。
──兄さんは昔から剣が好きだったもんな。
動きにくそうなドレスで楽しそうに剣を振るう【魅惑の魔女】。
「素晴らしい演技だったよ、心の友よ!」
アデヤがそう言いながら、アナスタシオスに抱きついた。
アナスタシオスが女性ではなく、男性になってから、こういったスキンシップが増えて来た。
アナスタシオスが女性の頃は婚前の女性ということで遠慮していたらしい。
「アデヤ殿下も来られてたんですね」
「うん……。兄さんがおれとシルにチケットをプレゼントしてくれただろ」
「ああ、みすちーに渡すように言った奴」
「でも、おれとシルフィトがそれぞれ二枚、チケットを取っちゃってて……。アデヤ殿下達に譲ったんだ」
余った四枚のチケットは、アデヤ、ゼニファー、シュラルドルフ、ミステールの四人に譲った。
アデヤの後ろに、他の三人もいる。
「殿下が楽しんでくれて何よりです。が、その。今、俺、汗をかいているので、離れた方がよろしいかと……」
「そんなもの、気にしたって埒が開かないだろう?」
「俺が! 気にすんですよ!」
アナスタシオスは無理矢理アデヤを押し返す。
アデヤは名残惜しそうな顔をした。
「やはり、シオは舞台が似合いますね。出資した甲斐がありました」
ゼニファーはそう言って、拍手を送る。
「ありがとな、ゼニファー! 裏方のみんなが喜んでたぜ。こんだけ金があれば、『もっと凄い演出が出来る』って!」
アナスタシオスがゼニファーに笑顔でお礼を言う。
ゼニファーは照れた顔で眼鏡を指で押し上げた。
「……剣術も上達したな」
シュラルドルフは静かに言う。
「シュラルドが稽古をつけてくれたおかげだぜ」
「シオは筋が良い。鍛え甲斐がある」
「マジか!? 俺、昔は騎士に憧れてたんだよな。今からでも遅くねえかな……」
「……やめておいた方が良い」
「才能ないから?」
「君に血は似合わない」
「……ぶはっ!」
アナスタシオスは吹き出して笑う。
「おいおい、シュラルド! 俺は血も似合うだろ~?」
「……縁起でもない」
シュラルドルフは相変わらずの仏頂面で言う。
「……シオ、劇団に入ってから、キャラが変わりましたね……?」
「学園にいた頃は田舎の喋り方じゃいけないと思って。嫌だったら、戻しますけど……」
「いいえ。少し面食らっただけです。こっちがシオの本来の口調なんでしょう? 私とシオの仲です。遠慮は入りません」
「だったら、ゼニファーも崩した喋り方をして欲しいなあ?」
「そんな訳には……」
ゼニファーは遠慮気味に言った。
ミステールがすかさず口を挟む。
「ゼニファーはね、僕と喋るときはかなり乱暴ですよ、ナーシャ坊ちゃん」
「ミステール! 余計なことは言わんで良い!」
「ほらね?」
ミステールはくすくすと笑う。
「本当だな」
アナスタシオスも笑う。
他の人達もつられて笑った。
クロードは思う。
この世界に転生して来て、運命に逆らえず、信頼を築いてきたのが全て無駄になった瞬間、絶望した。
──それがまさか、こんな結末になるなんて、思いもしなかった。
クロードはアナスタシオスと目が合う。
アナスタシオスは悪戯を思いついたような、悪い笑みを浮かべた。
それがまた、酷く魅力的であった。
【魅惑の魔女】の役に選ばれたのも頷ける。
悪役令嬢〝アナスタシア〟の話はこれで終わり。
これから、悪役アナスタシオスの本当に人生が幕を開けるのである。
【魅惑の魔女】はその序章に過ぎない。
悪役令嬢♂は今もまだ演じている。
──悪役を!
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